「ハイエルフの森 ディードリット物語」著:水野良 出版社:角川書店

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妖精界からの旅人

★1

「ロードス島戦記」の外伝にして短編集であるこの作品ですが、テーマはエルフです。正確にはエルフと人との交流でしょうね。

ディードの出身である「帰らずの森」結界に閉ざされ、大陸では非常に珍しいハイエルフ達が住む森です。

ディードは外の世界と人間への好奇心から森を出て、パーン達と出会いました。では他のハイエルフ達はどうなのか?

一言で言うと、「閉鎖的」ですね。外界との交わりを絶ち、永遠の命を持ち、変化とは縁の薄い種族。それが帰らずの森のハイエルフです。


エルフに限らず、人間やドワーフも時代が下るに連れて魔力から遠ざかる方へ進化(退化)しています。

ハイエルフ達は普通のエルフと違って、外界から隔離されている為に種族としての純粋さを保持している存在のようです。

例えば、ドワーフなどは過去に精霊魔法を使えましたが、現在ではその能力は失われています。それはこの物質界に定着したためです。


しかしハイエルフは森の妖精界にいた頃のエルフにとても近い存在なのです。寿命はないし、普通のエルフに比べて上位種と言われます。

物質界の存在として定着している、他で見られる現在のエルフと比べると、圧倒的に妖精としての特徴が色濃く残っています。

例えばディードは森の妖精界への扉を開いてみせました。そんなことは、現在のエルフ達には出来ない事です。

この短編集は、そんなハイエルフ達と外界との交わりを描いた作品なのです。そういう話ですから、ディードに焦点が当たる事が多い。


既に人間界に馴染みつつあるディードでは、帰らずの森にいる他のハイエルフの意思を表す事は難しい。

故郷の集落のハイエルフの中では、ディードは最も若いハイエルフです。人間界への憧れや好感も持っています。

だから長い間森に閉じこもり、人間を蔑視する他のハイエルフの持つ偏見や思想を的確に表現できないでしょうからね。

そこで帰らずの森から人間界へやって来た、ディードとは別のハイエルフが重要な橋渡しキャラになりうるのです。


エスタス ?歳

シャーマン?。帰らずの森からディードを連れ戻しにきたハイエルフです。ディードに次いで若い彼ですが、それでも千歳を超えます。

どうやら精霊王(ジン)とも盟約を結んでいるらしく、精霊使いとして極めて高い能力を持っているようです。

過去に人間界を尋ねたことがあるのですが、仲間同士で殺しあう愚かな人間に失望し、以来人間を軽蔑しているようです。

ディードの事は妹のように可愛がっていますが、どうやら愛を育む意思もあるそうです。武器はレイピアで、羽付き帽子が特徴的。


エスタスは森から出て街道をひたすら歩くのですが、この街道すら大地の精霊力を弱らせる傷跡のように思うようです。

ハイエルフにして優れた精霊使いである彼は、自然や精霊力を価値基準にするようですね。この辺はまぁ予想の範囲内の感性です。


やがてエスタスはアラニアの兵士らしき一団に包囲され、詰問されます。そして問答の末、彼らと戦闘になる訳です。

エルフの精霊使いであるために、ディードと勘違いされてる節もありました。敵の性別の情報すらないのかアラニア(ラスター)軍

アラニア兵士にとっては、ディードはスレインやザクソンの村に協力する反逆者ですからね。捕らえれば褒賞も出るでしょう。

いやエスタスの物言いもなかなか感情を逆撫でさせるものでしたけどね。むしろそれが主原因。それにしてもこのアラニア兵士、酔ってる?(笑)


エスタスは粗暴な言動のアラニア兵士に侮蔑の念を覚えながらも、彼らを軽くあしらいます。

この身のこなしを見る限り、ファイターでもあるようですね。そこそこの実力者でしょう。少なくとも、このアラニア兵を倒せるぐらいの。

ハイエルフ達は精霊魔法に頼って剣はあまり使わないようですが、エスタスやディードのように若いと使わない事もないらしい。


やがて激昂したアラニア兵は本気でエスタスを殺しにかかりますが、エスタスも本気を出しました。

エスタス「わたしが本気を出せば、おまえたちは死ぬことになるぞ」

確かにその通りなんですが、そんな上段に構えた物言いでは避けられる戦いも避けられないでしょうね(苦笑)

ストレートに言うだけが能ではありません。そういった事には反発する人も多いし、そういった人間の機微にはやはり疎いらしい。


エスタスは言葉どおりに本気を出して、風の王ジンを召喚して5人をなます切りにして殺します。いや、それはやり過ぎでは。

まぁ完全に包囲されていたあの状態から生き残るには、瞬殺が一番確実だったのかもしれませんけど。

"ウィンド・ストーム"じゃあ自分も巻き込まれるし、かといって1人2人無力化しただけじゃ駄目だし。


これにより、エスタスは確かにこの地にエルフがいる事を知って、ディードに間違いないと結論します。

でもエルフの精霊使い=ディード、はいくらなんでも短絡的過ぎませんかね。他のエルフだという可能性は考慮しないのか(苦笑)

出だしの数ページで突っ込みどころ満載のエルフの奇行貴公子エスタス……彼がディードの今の生活に一波乱起こすわけです。


★2〜3

さて現在のパーン達ですが、時間的には「炎の魔神」「火竜山の魔竜」の間ぐらいです。

既に小ニースは生まれ、英雄戦争から5年が経ちつつあります。実質「火竜山の魔竜」の少し前ぐらいですかね。

現在はパーンもディードもザクソンの村で同棲し、独立運動を手助けしています。多分プラトニック(笑)


後々ラスターを脅かすほどになるザクソン自治区ですが、現在はザクソンとその他幾つかの村が行っているだけです。

大きな潮流になりつつあり、鉄の王国やマーファ教団の援助があるものの、まだまだ発展段階で村人の意識もそう強固ではありません


もっとも、それでもラスターには脅威であるらしく、ザクソンの南にあるハナムの村を軍隊で壊滅させてしまったのです。

反逆者とはいえ、とても為政者が自国の一般人相手にする事とは思えませんね。いきなり軍隊出して虐殺するか?

ハナムの村にも自警団があったとはいえ、正騎士の一団相手に守り切れる訳がありません。男なんてほぼ皆殺しだそうです。


正義の魔術師セシルは怒り心頭の様子でしたし、レイリアさんとスレインさんも落ち着いて見えるものの、心中穏やかではないでしょう。

パーンとディードに至っては、現地に行ってしまいました。流石はパーン、行動派にも程がありますね(笑)

そしてそのハナムの村の茂みでディードはエスタスと再会するのです。約5年ぶりですね。外見は全く変わってませんが。


エスタスは驚いた事にハナムの村に駐屯しているアラニア兵の数まで調べていました。結構マメな男ですね。

ちなみに数はおよそ50人。騎士が10人、兵士が40人。その内30人は剣を、10人は弓を持ってたとか。

騎士と兵士が1:4の割合ですね、かなり本気です。しかも弓を持ってるのはアラニア名物ウッドレンジャーですね。

遊撃団"蒼弓の射手"といえば、優れたレンジャー達の部隊です。魔法戦士隊である銀蹄騎士団と同じくアラニア軍のアクセントです。


エスタスってばやっぱりレンジャー技能も高そうですね。50人もいて誰も気づいてないぐらいだし。

そんなエスタスに、パーンは感謝の言葉を贈ったりしましたが、冷たくあしらうだけでした。

パーンが握手しようと差し伸べた手にも触れず、習慣はないと言う理由で断ります(知識はあるくせに)。

流石のパーンも気まずそうにしていましたね。とりあえず仲良くなろうと思ったら握手、なんて爽やかな23歳なんでしょう(笑)


★4

エスタスを連れてザクソンに帰ってくると、予想通りというか期待通りというか、セシルと相性悪そうでした

片や直情型の正義の熱血魔術師、片や森の奥の老木のように物静かなエルフ。気が合うとは思っちゃいませんでしたが(笑)

エスタスの「もっと友人は選ぶのだな」という言葉には、パーンも少し気に障ったようでした。でも特に何も言わず、2人きりにしました。


ディードもエスタスに色々言いたそうでしたが、堪えました。どうやらハイエルフというのは身内で争ったりしないらしい。

というのも、一時の感情で相手を傷つけるのをよしとせず、時間が解決してくれると考えるからです。

確かに無限の寿命を持つハイエルフなら、それでも差し障りはないかもしれませんね。時間は悲しみや怒りを癒す特効薬だそうですし。


それに、ハイエルフというのは精神的にも精霊に近いらしい。元々妖精は人間と精霊の中間の存在です。

ハイエルフの営みというのは、植物の精霊界の力を物質界に送り届けることでもあるそうです。

元来妖精界と妖精というのは、そういう風に物質界に精霊界の力を届けるのが仕事です。

ハイエルフは妖精としては純粋に近い存在、今でもそんな事してるんですね。だから精神的にも精霊じみている。

精霊というか、何処かの修行僧のような達観ぶりですね。何があっても平静を失わず、冷静であり続けるのが彼らの美徳なのか。


もっとも、だからこそ他のエルフのように物質界に馴染めないんでしょうけどね。そして魔法から遠い方へ進化(退化)できない。

普通のエルフは物質界への定着が強くなり、魔法的には弱くなり、人間と同じように肉体にも関心を持ったせいかよく子供が生まれる

その分寿命は短くなりましたが、彼らは自分達の血を後世に残すという、人間と同じような役目を負うようになったのです。

子孫を残すから寿命は短くていいのか、それとも寿命が短くなったから子孫を残すようになったのか。生物学的にはどちらかな?


ハイエルフの集落では、1000歳を越えるエスタスの次に若いのが、160そこそこのディードです。

どれだけ子供が生まれにくいか分かりますね。妖精として完璧に近い分、種族としての変化の可能性が薄くなってるのかな。

1000歳と言えば、普通のエルフの寿命を越えてますよ。子作りに無関心だからそうなのか、それとも肉体的にそうなのか。

一様化・定常化の果てにあるのは、緩やかな死だけです。生き物も組織も、何の混沌も持たないのは変化の可能性もないことです。

その分ディードは本当に愛されて育ったそうですけどね。村の皆が大切な木の苗を育てるように、大切に大切にしていたのです。


エスタスはそんなディードがパーンと同棲していると知った時、僅かながら動揺していました。

感情の起伏がないだけで、無感情なわけではないようですね。オルソンとは違った意味で感情を表に出せないだけかな?

長い長い間生きると、何事にも慣れて新鮮さが失われ、次第に感情の発露が稀になっていくのかもしれませんね。


角ばったり出っ張ったりしている小石を感情として、川の流れを時の流れとしましょう。その小石を川に流してみるとどうなるでしょうか。

あちこちにぶつけたり、水に削られて、次第に変形して丸くなっていくでしょう。そして小さくもなっていく

よく穏やかになったことを丸くなったといいますが、多分それに近い。時の流れの中で色々な経験を積む事で次第に丸くなっていく。


そしてやがては、小石は消える……。でも消滅したわけではありません、小さな破片となってなお存在し続けるでしょう。

エスタス達ハイエルフは人間ほど感情を爆発させたりはしない。でも悠久の時の中に確かに感情を存在させている、そう思えてならない。

彼らだって大切な人や樹が傷ついた時、悲しみもすれば怒りもする。そういう点では人間と一緒ですね、ただ価値観が違う。

ふと思ったんですが、生きることに飽きたりしないのかな?。何の変化もなく数千年を生きるなんて、人間じゃあ耐えられないと思う。


ディードはそういう変化のない生活の中で、結界に捕らわれている人間「開かれた森」でね)と遭遇していたそうです。

彼らは何を求め、何故歎いているのか?という疑問を抱き。そしてその人間という種族と、外界に深い興味を抱いたのです。

やがてディードは外の世界に行きたいと言うようになり、誰もが説得したけど考えを翻さなかったのです。

その時賛成したのは意外な事にエスタスでした。彼なりに、ディードを気遣ったんでしょう。その結果、ディードは人間達へ更に興味を抱いた。


エスタスは愚かな人間達の中にディードを置いておきたくないから、ディードを連れ戻すと言い出します。

森に帰れば、誤った思考と感情が解消される。エスタスはそう考えたのです。やはり彼なりにディードを気遣ってます。

しかしディードは承知する筈がありません。確かに人間はエルフ的には愚かです。自然から奪うだけで与えたりしない

精霊の声を聞く者も少ないし、自然の理を知る者も少ない。だから平気で他者や自然を傷つける事が出来る。


全てがそうであるかはともかく、概ね間違ってはいない気がします。当然それを改善しようとする人も多いけど、実現出来るケースは少ない。

しかし人間は愚かだが、それが全てでもない。人間と付き合ってきたディードにはそれが分かる。希望もあるのです。

その希望の最たるものがパーンでしょう。彼女はパーンが気になってるから5年間もついて回ってるんですから。

本当に愚かなだけでゴブリンよりも救いにくいのなら、こんなに気になったりはしないでしょう。人間には理屈では図れない何かがある


エスタスはいざとなれば力ずくでもディードを連れ帰れるそうですが、本人はそういうのは好きではないので実行しません。

それに対してディードも抵抗する気ですが、勝てなさそうでした。今のディードは推定8レベル、そのディードですら適わないって……。

ディードもかなり強くなったけど、それよりも強いというのなら9か10レベルはあると思っていいのかもしれません。

"スリープ"や"チャーム"を使えば抵抗できるか微妙……いっそ先手とってイルクを……(殺してどうする)。


根負けしたエスタスは、今回のザクソンの事件が解決するまではこの村に止まることにしました。

そしてエスタスはディードの言う事が真実かどうか判断する事にしました。強硬手段に出るかはそれ次第。

ディードは不安そうでしたが、承諾するしかありませんでした。何て口の立つエルフだ。スイフリーほどではないでしょうが(笑)


★5〜6

ディードの不安は現実になります。これでもか、これでもかと人間の愚かしさを突きつけられるような事件が起きます。

いっそドッキリカメラだった方が納得いくほどです。今までこんな事なかったのに、エスタスがいる今に限って。なんて間が悪いんでしょう。


まずザクソン自警団の青年が2人ほどレンジャーにスナイプされました。白昼堂々、パーンとセシルの見てる前でです。

わざわざ毒まで使って、戦闘オプション《狙撃》まで使用したと予想されます。その実力をマーモへ向けろ

レンジャーの腕前は流石に凄く、セシルが魔法をかける余裕さえありませんでした。なかなかエゲつない手段で脅迫してきましたね。


それに関して寄り合いが開かれ、パーンはこちらから攻め込む事を提案します。無謀に見えますが、実は正解です。

ザクソンの村は大した防壁もないし、砦のような防御機能もない。こんなところに立て篭もるのは自殺行為です。ていうか立て篭もりですらない。

これから作ろうにも、その作業中にやっぱりスナイプされるのは目に見えてます。畑は村の外にありますしね。


それならこちらから行って蹴散らすしかない。危険だけど、このままでは犠牲が増えるだけですからね。

しかし村人達はウンとは言いません。パーンのように勇気の精霊を宿していないらしい。まぁ一般人に正規兵と戦えと言うのも無茶なんですが。

それどころか、責任を難民になすりつけたりして仲間割れすら始めてしまいます。……ディードはさぞ歯がゆい気持ちをしてるでしょう。


そんな様子にエスタスは嘲笑うようでした。有効な意見を採用せずに数で物事を決め、些細な事で優越感を持つ

ハイエルフ達の場合はそんな事はないらしい。妥当な意見が出たらそれが採用されるんでしょうね。

もっともそれは、ディードが言うように彼らの価値観に大差がないからでもあるんでしょうけどね。あと彼らが聡明な種族だから。

しかし人は多様です。こんな小さな村ですら、一つしかない道を選ぶ為に戦う勇気のない者も集めて無意味な討論を繰り返す。


スレインやセシルが不服従の立場を取った事によるメリットなどを指摘しますが、どうも村人の心にはヒットしません。

もし自治をせずに言われるままに税を納めていたら、今頃餓死者とかも出ていたでしょう。自治にも正当な理由があったのです。

この活動は実は、アラニアという国そのものを正しい方向に誘導する為にも必要なのですが、そんなマクロな政治が村人に分かるはずもなく。

そういった現実問題は無視して、先住の村人と新住の難民の対立にまで発展して行きます。実はセシルもその1人だと思われてたりします。


結局は収拾がつかずに解散。各自がスッキリしないままに家路に着くことになりました。

エスタス「何も結論を出さずに、集会が終わるとは、驚く以外にないな

全くもってその通りですが、よくあるんですよね、こういう事。エライ筈の政治家の間でもよくあったりします(笑)

日本はムラ社会だと言われますが、封建時代のヨーロッパにも似たような観念があったと聞きます。そのムラ社会の暗部を見た気がします。


★7〜10

あまりにハッキリしないので、あのパーンですら酒を煽って怒りをぶちまけます。ディード的にはそういうのはやめて欲しいんでしょうが。

いつものメンバー、パーン、ディード、スレイン、レイリア、セシルというメインのメンバーで出来る事も高が知れています。

もし彼らの力でアラニア兵を退けられたとしても、村人達がこのままでは自治も独立も立ち消えになってしまうでしょう。

しかし人は弱い、死に怯えた人は本当に弱い。実戦の経験もない村人達を戦わせるのはなんとも難しい。


そんな非常事態ですが、スレインは知識欲を捨ててはいません。エスタスにロードスの歴史の教えを乞います

流石スレイン、こんな時にも趣味優先とは。魔術師の中でも結構変わった方なのかもしれませんね。ユルすぎです(苦笑)

スレインの得た知識は、別に人に教えたりはしません。しかし意図せずに役立つ事もあるでしょうし、同じく人に伝わりもするでしょう。

スレインが人と交わり続ける限り、彼の知識は自然と世間の為にもなるのです。その辺は納得したエスタスは引き受けました。


やがてまたも事件が起こります。ハナムの村長が血だらけで村の外に倒れてたのです。村人はそれを、遠くから見てました

レイリア「怪我人をそのままにしておくなど、人間としてもっとも恥ずべきことですよ」

ちょっとキレ気味のレイリアさんは、警戒しながらも村長を保護して治療します。レイリアさんなら大丈夫、無敵属性だから。

しかし、こうも人間の嫌な面を立て続けに見せられるなんて、本当にドッキリか(なわけない)。


ディードも複雑ですよね。でもこんな時に支えていてくれて欲しいパーンは、今回の事件が気になっています。

最悪もう会えないかもしれないのに、パーンはそんな事知りません。二人の出会いがこのまま無に還ってしまいそうで不安でしょう。

もし連れて帰られたら、パーンは追いかけてきますかね。パーンの事だから追いかけてきそうですね、そして結界に捕まる。


村長と一緒に脅迫状までついてきました。滞納している税を払ってスレイン一味の首を差し出せ、だそうです。

そうこうしている内に更に4人ほどスナイプされ、畑を燃やされ、村人達の緊張が限界にきているところでまた寄り合いを開きます。

スレインは脅迫状の内容を正直に話し、村長は涙ながらに仇を討ってくれと訴えます。それでも村人は決断できません

いよいよディードの運命も崖っぷちです。ディード自身愛想を尽かしそうですが、まだ諦めません。


しかしその夜、最悪の事件が起きます。村人の一部がパーンやスレイン達を襲撃したのです。勿論殺す気でした。

まさか身内に殺されかけるとは……彼らもそこまで追い詰められていたんですね。それはそれでいっそ哀れです。

彼らには家族がいた、その為に他人を殺す事を選んだのです。決して高潔ではないけど、人間らしい感情の一つです。

スレインの言うように、人間は自分の身近な人から大事にしていきます。家族の為なら殺しや盗みもする人がいるでしょう。


しかしパーンはそれに従ったりはしません。彼は自分を犠牲にしてきたのではなく、自分の進む道を自分で決めてきただけです。

もしあくまでも村人が自分を殺そうとするのなら、受けて立つまででしょう。自己犠牲を望まれるのは辛い事ですね。


ディードはこの裏切りに、本気でキレました。自分が森に連れ戻されパーンと暮らせなくなる。そう考えるとヒューリー絶好調でした。

ディードは目の前の襲撃者を殺そうと、イルクまで召喚しようとしました。

ディード「我が盟友たる偉大なる風の王イルクよ。我が召喚に応じ、その姿を現せ……」

エスタス「やめろ、ディードリット。いくらなんでも、やりすぎだ

同じ事をした男が何を言う。初対面か知人かという違いだけで、精霊王で弱い人間を殺す事には変わりないし。


仕方なくエスタスはディードを"スリープ"で眠らせます。ディードは連れ帰られると思っていたようですが、そうはなりません。

ところで、エスタスもジンを使えるわけですが、これはイルクではないと思います。確かな論証があるわけじゃないんですけどね。

精霊王は無数とは言わないまでも、この世界に複数存在し、それぞれ「イルク」などの名前を持っています。

エスタスが盟約を結んでいたジンがイルクだとしたら、彼は500年以上前に盟約を結び、500年間イルクを召喚できなかった事になります。

何故ならば、イルクは500年前に封印され、以来3年前までそのままだったんですから。それはちょっとカッコ悪いかな、と。


事件はあったものの、特に誰かが死ぬという事もなく解散となります。ディードはスレインの家で寝かせてます。

パーンはというと、自分の家に帰ってフル装備に着替えて村を出ようとしていました。1人で逝く行くつもりなんですね。

そんなパーンにエスタスが話しかけます。何故自分が人間界に来たのか、ディードにどういう条件を突きつけたのか。

パーンはようやく合点がいったようでしたが、何故ディードがあれほど取り乱したのかは見当がつかないらしい。アンタの為だよ


パーンは言いました。人間だって仲間全体のことを考えている。でも争うから愚かなんだ、と

寿命があるから、時間に任せて解決させる事ができないから、争うという事もあるでしょう。権力や宗教といった原因があってね。

誰もが自分の進むべき道に迷うだろうし、決断する事に迷うでしょう。そして時に、早くなんとかしようと性急に事を運ぼうとするでしょう。

そんな所が、人間という種族の未熟な所なのかもしれません。そんな理屈なんてパーンには関係ないんでしょうけどね。


エスタスはパーンが分からないようです。それは多分、何故自分が危険な所へ行こうとするのか、何故あんな村人の為に戦おうとするのか。

そして何故、そんなにも歩みに迷いがないのか。きっと他にも分からない事だらけでしょう。だって、パーン本人だって分かってないんだし。

エスタス「おまえは、大馬鹿者だ

そんなエスタスの叫びも虚しく、パーンは1人で言ってしまいます。それが自分の心が決めた事だから。ゴブの過ちが繰り返されようとしてる。


翌日、エスタスから知らせを聞いたスレイン達はパーンを追いかけようとします。村人達に一言だけその事を告げて

スレイン達が立ち去ろうとした時でした、昨日の襲撃の首謀者がついていくと言い出したのです!

エイビス(首謀者)「……行かせてくれ。オレたちなんかのために、あいつが犠牲になるのは耐えられない

それもまた、彼の本心です。するとどうでしょう、次々にパーンを救いに行こうと、村人に勇気が伝播しだしたのです。


最終的には村を上げてパーンを助けに行く事になります。彼らは最悪の決断だけは避けられたらしい。

この事態にエスタスも驚きを隠せません。今決断できるなら、最初に決断を下せただろうに……と愕然。

ディード「人間はよく過ちをおかす。でも、過っていることを認めれば、彼らはそれを正そうとするのよ

その為にはキッカケが必要でした。仲間であるパーンが1人死地に赴いた事で、彼らはキッカケを得たのです。


ディード「彼らはどんどん変わってゆく。そして、成長してゆくの。ひとりひとりも、そして種族としても

変化と進化は同義語ではない。変化は時に進化であり、退化である。また、人の望む形(進歩)とは違う方向に進化する事もある。

人間は混沌を抱えています。時に変化をもたらし、時に創造や破壊をもたらす混沌を。混沌とは完全な自由度、可能性なのです。

それが時に醜い方に変化のベクトルを持つかもしれないけど、逆に素晴らしい方向にベクトルを持つ事もある。何とも面倒な種族です。


思いがけず一致団結したザクソンの村人達ですが、これでパーンが死んでたら喜べませんよね。エスタスは考え込んじゃってます(笑)

でもパーンは峠のところで腰を下ろしてました。なんでも、正気に戻ってどうしたらいいか途方に暮れてたらしい。よかった(馬鹿で)。

決して計算ずくというわけではありません。ただ勝手に行動して、それが思いがけず成功しただけ。もう、何か凄いやパーン(笑)


まぁパーンの予感通り、助けに来てくれたんですけどね。しかも村を上げて。多分数だけなら敵を上回ってるはず。

あとはディードやスレインが魔法を使いまくって、ボロボロになったアラニア兵をフクロにするだけですね(感じ悪)。


少しだけ人間の良さが分かってしまったエスタスは負けを認めて、ディードを連れ帰るのは諦めました。

人間は愚かだが、仲間の為に戦う事もできる。種族としては決して完成されてはいないけど、希望はある。

こうしてエスタスは森に帰っていきました。ディードのように妖精界を経由して。なんか高速道路みたいに使いますね(笑)

結束を新たにしたザクソンの村は、これからの戦いにも勝利したらしいです。そして以後10年間、アラニアを揺るがす勢力になるのです。


開かれた森

★1〜3

今度のお話は「王たちの聖戦」「ロードスの聖騎士」の中間の話です。おおよそ新王国暦520年ですね。

エスタスがザクソンを訪れた頃から5年経っていますね。つまり邪神戦争開戦5年前です。当然パーンはカノン自由軍に身を置いています。

「王たちの聖戦」から「ロードスの聖騎士」までの10年間は、本編では語られなかった空白の10年間です。


その間パーンとディードはカノン自由軍として戦い、スレインはフレイムの宮廷魔術師を務めていましたね。

竜退治や精霊王解放に比べると、そう大きな事件もなかったように見えますが、大きな事件はあるにはあったのです。

それはパーン達がカノン自由軍として、マーモの圧政に苦しむカノンの民を国外へ逃亡させる任務に就いていた時の事です。


「王たちの聖戦」でナルカ村の人々を火竜の狩猟場の開拓村に逃がした事から、自由軍はこの手を使っているようです。

村人がいなくなってしまっては、搾取しようにも出来ない。奪う事しか出来ないマーモの支配者達相手には、痛烈な皮肉の篭った作戦です。

しかしそうすんなり事は運びません。村人達は生まれ育った村を捨て、異郷で生きる悲しむと苦しみを覚悟しないといけません。

多くの場合は長い話し合いが持たれます。もちろん、カノン奪回後には土地に戻れるように、きちんと台帳まで作成してますよ。


ある時、パーン達はカラルという村に赴任してきた領主が、酷い圧政を敷いていることを知りました。

しかしマールの調査によると、どうも罠っぽい。情報の出所が一つではなく、意図的に流された噂のようでした。

例え罠と分かっていても、そういう噂がある以上は助けに行くのが自由軍の使命です。そこでパーンはレオナーには内緒で出てきたのです。

村人達は確かに酷い仕打ちを受けていたらしく、「助けてください!」どっかのドラマみたいに訴えてきました。逃げる事に悩みすらしない。

そしてパーンとその仲間達は、村人達を護衛してカノン領の北端の辺りを移動する事にしたのです。これはいつも使ってるルートらしい。


しかし、気づいた時にはマーモの軍勢に包囲されていたのです。どう考えても、村人を連れて突破する事は不可能です。

恐慌が起きないようにホッブなどはマイリーの教えを村人達に語りますが、マイリー信者でない彼らにはそんなに有難いものでもないんじゃ。

マールの調査によると、数はこちらのおよそ10倍の100人。東西と南を塞がれているようです。残るは、北の「帰らずの森」です。

村人を置き去りにして逃げるなんて選択肢は、パーンは初めから持っちゃいません。何としても彼らを逃がさないといけません。


上手い案も浮かばず、パーンは一か八か突破しようとしますが、ディードが「帰らずの森」の呪いを解く事を提案します。

帰らずの森は古来より、行って帰ってきた人はいません。だから帰らずの森なのです。村人達も、その事はよく知っています。

森に入るぐらいなら殺された方がマシ。それほどまでに、村人達はこの言い伝えを恐れているのです。確かに気味悪いし。


どうしても決断できない村人達を見て、パーンは彼らを楽に殺してやろうと言い出します。別に気が狂ったわけじゃありませんよ。

ただマーモ兵に殺されるよりかは楽に死ねるというだけです。楽に死ぬ事を選んだ以上、自分が取れる責任はそれぐらいですから。

流石に村人達も考えます。その時、1人の少女が「死にたくない」と言い出しました。それにつられて、他の村人も覚悟を決めます。

こうしてパーン達は確実な死ではなく未知の危険を選択した村人を連れて、「帰らずの森」を目指す事になりました。

なお、マールは1人で囲みを突破して逃走します。流石はマール、1人でも確実に生き残る道を選びましたね(苦笑)


★4〜8

さて、「帰らずの森」の呪いとはどういうものかというと、これもまた盟約によるものです。

ハイエルフの長老が植物の精霊王エントとの間に結んだ盟約で、エルフと森の生き物以外の全てにかかる呪いです。

具体的には変形"メイズ・ウッズ"&"スリープ"のコンボって感じですね。他の精霊魔法と比較すると、そうとしか表現できない。


まず森のある領域に足を踏み入れると、突然眩暈がします。これは呪いに引っかかって、呪いの影響を受け始めた事を意味します。

やがて被害者は半透明になり、その内完全に消えるのです。何処へ行くかというと、エントの作り出した異界へ引き込まれるのです。

森の精霊界や妖精界とは別です。被害者を閉じ込める為の異界の迷いの森といったところですか。

普通の"メイズ・ウッズ"は精神に働きかける事で、対象を森の中で迷わせるだけ。こっちは異界に落とす点、遥かに高度な術です。


この異界の迷いの森には、全く同じ形の樹が格子状に、街路樹のように植わっています。一見無限回廊のようですね。

エントの魔力は帰らずの森にある黄金樹を介して送られるので、この異界の迷いの森にも物質界の黄金樹が同時に存在するのです。

やがて永劫の眠りに落とす"スリープ"?がかけられ、被害者は眠りにつくのです。肉体が老いる事はありません。

なお、強い精神を持っていると、姿が幻影のように物質界に現れる事もあるようです。帰らずの森の呪いとは、このようなものなのです。


森を行くうちに、パーン達もこの呪いに引っかかります。ハイエルフであるディードだけは全く無事ですけどね。

もちろん最後まで抵抗を続けていたのはパーンです。半透明になりながらも、最後まで消えるのに抵抗していました。

ふと気づいてみれば、村人も自由軍の戦士も消えていました。しかし1人だけ残っていたのです。それがさっきの少女でした。


実はこの少女はリーフなんですよ。彼女はカノンにいた頃、カラルの村に身を寄せていたのですね。この時リーフは若干12歳

ハーフでもエルフはエルフ。エントの呪いの対象外です。……ということは、ダークエルフもかからないんでしょうかね。

ハーフエルフは寿命こそ人間のおよそ倍ですが、成長速度はそう変わりません。ただ老化速度が遅いだけ。他の妖精も似た様なもの。

決して12歳の半分で見た目6歳なんてことはないですよ。同じく、エルフは決して実年齢10歳でも見た目1歳ではない(笑)


これでディードはリーフを連れて集落に戻るのですが、やはりと言うか何と言うか、歓迎されませんね

半分エルフでも、もう半分は人間ですから。純粋なエルフである彼らから見たら、汚らわしく見えるんでしょう。

ハーフエルフはそのどっちつかずの生い立ちから、人間社会でもエルフ社会でも迫害される事が多い。

リーフだって、ハーフエルフであるというだけで嫌な想いをした事があります。どこの世界にも差別というものはあるのです。


集落に帰ると、懐かしのエスタスがディードとリーフを迎えます。やっぱりリーフ相手にはいい顔をしません。

ハイエルフの村は、なんとなく中つ国のロスロリアンのようですね。大樹の上に家があるのです。

ハイエルフ達は樹の上で暮らしているのですね。なお、家々の間には橋などもかけられています。

普通のエルフの集落にも、似たようなものがありそうではありますね。そう特殊な作りでもないのかな?

集落には当然ディードの両親もいますよ。パーンはお義父さんとお義母さんに挨拶しないでいいのかな(笑)


あとこの帰らずの森の中心である、黄金樹も生えてますよ。この黄金樹は彼らにとっての集会所のような役割を兼ねてるらしい。

始原の巨人から神々と竜王と世界樹が生まれ、黄金樹はその世界樹から派生した古代樹なのです。世界樹は巨人の体毛から生まれたとか。

世界樹は黄金の葉を持ち、生命の実をたわわに実らせていました。この生命の実こそが、人間などの種族を生み出す元なのです。

神々は生命を生み出す為に世界樹を利用しましたが、そうする事で世界樹は激しく消耗してしまいます。

そこで神々は、世界樹を植物の精霊界そのものとし、世界樹の枝を世界中のあちこちに植えます。それが黄金樹です。

強い生命の精霊力を宿した黄金樹の生える土地には、豊かな森が出来ます。ロードスでは、帰らずの森、鏡の森、闇の森ですね。


ディードは村の寄り合いで、森の呪いを解いて欲しいと訴えますが、普通に断られます。まぁ予想してたとおりですね。

集落の長老であるルマースというエルフが盟約を結んだ張本人です。ハイエルフ達の指導者ですね。


実はこのルマースは、ただのハイエルフではありません。黄金樹と同じく、世界樹から生まれた最初のエルフの1人なのです。

森の妖精界出身の彼は、全身が淡く黄金色に輝いてます。人間界生まれの他のハイエルフとは違う、純粋のハイエルフなのです。

「暗黒伝説クリスタニア」には、ダークエルフの最上位種であるダークエルフハイロードこと妖魔王なんてのが出てきましたね。

系列としてはルマースはその妖魔王と同格です。最も強力なエルフの1人であり、その力は亜神と評される森の妖精王なのです。


ディードはルマースに必死に訴えますが、聞き入れてはくれません。何故人間の為に森を解放せねばならないのだ?とね。

この帰らずの森はハイエルフの聖地です。確かに、人間の為にその守りであるエントの呪いを解いてやる筋合いはありません。

ルマース「おまえの個人的な理由で、呪いを解くわけにはゆかない。それは人間的な考え方だ」

人間は自分の事しか考えていない、彼らはそう思っています。それが全てではないけど、確かにそういう面はありますね。

もっとも、エルフの為だけに森を閉ざす彼らも、基本的には変わらないと思いますけどね。別に悪くはないですよ、誰だって自分が大事です。


話し合いはお開きになりますが、その時パーンの幻影が現れます。パーンは黄金樹に斬り付けようとしてました

実はパーンはその強靭な精神力で、異界の迷いの森にある方の黄金樹にまで辿り着いていたのです。

ハイエルフ達は精霊魔法で止めようとしますが、異界に存在しているパーンには無意味です。

パーンが斬ろうとしている黄金樹は間違いなくこの黄金樹です。しかし黄金樹は同時に異界に存在していて、パーンもそちらにいるのです。


しかしパーンは黄金樹を斬りませんでした。枝を伸ばして襲われても、手で払いのけるだけで斬ったりはしません。

深い理由はありません「斬ってはいけない気がした」からです。流石はパーン、ほとばしる熱いパトスのみで考えてます(笑)

パトスとはアリストテレス倫理学で言う、感情や感性といった類のものです。パーンはロゴス(理性)ではなく、パトスで動いてると思う。


なおここで黄金樹を切り倒せばエントの呪いも解けました。何しろこの黄金樹を介して呪いはかけられてるのだし。

しかしそんな形で解決したら、人間とエルフの間に更なる溝が出来る事は必至です。そんな事、ディードは望んでません。

それに黄金樹を切り倒すなんてかなり大変ですよ。挿絵を見る限り、「となりのトトロ」に出てきたあの樹並にデカイです。

実はアシュラム様も"魂砕き"で黄金樹を切り倒すのですが、その時だって凄い時間がかかってましたし。


最悪の事態は避けられましたが、ディードは懐かしさとルマースの威厳で萎えかけてた決意が蘇りました。

ディードは黄金樹から植物の精霊界への扉を開き、エントの盟約を解除する為に精霊界へと赴いたのです。

植物の精霊界は神々によって移動させられた世界樹そのものです。そのスケールは黄金樹の比ではありません。

星界に届きそうな高さを持ち、黄金色に光り輝いているのです。その世界樹のみで出来た世界、風の精霊界とはまた違った状景ですね。


ディードはイルクにそうしたように盟約を解除しようとしますが、「汝に資格なし」と突っぱねられます。

それもその筈です。だって盟約者であるルマースは生きているんですから。盟約者が健在の盟約を解除するなんて無理です。

「炎の魔神」でイルクの盟約を解けたのは、既に盟約者であったアザードが亡くなり、その強制力をディードが上回ったからです。

盟約者はルマースですからね、本人がその気にならない限り永劫に盟約は破棄されないでしょう。力押しなんて通用しません。

エントの伸ばした小枝にディードは捕まり、うっかり消滅しかけました。エスタスが助けてくれなかったら消滅してましたね。


今度はディードはルマースを直接説得しようとします。この森は呪いから解放されるべきだ、と必死に説きます。

しかしルマースは聞き入れはしません。かつて人間達(カストゥール)と戦いになりかけた事を覚えているから。

元々呪いはそれに対抗する為にかけられたのです。カストゥールの侵略から森を守るために、エントの力を借りたのです。

既にカストゥールは滅び、人間達も大きく変わりました。しかし未だに戦を続けている。ルマースはそれを指摘します。

ディードが人間なら永遠に戦の起こらない世界を作れると言うと、ルマースは「ならば、それまで待とうではないか」と淡々と返します。


その答えについにディードがキレました。無限の時間があるハイエルフと違って、人間にはそんな時間がない、とね。

ディード「呪いに捕えられて、この森を彷徨っている人々の時間を奪う権利なんてあたしたちには絶対ない!

呪いに捕われている人の中には、もう何百年も捕われている人もいます。当然彼らの生きていた時代はとうに時の彼方です。

同じロードスに住む以上、他のエルフのように人間と交わるしかない。ディードは強く強く訴えます。


考えを変えないルマースを説得するのに一役買ったのは、他でもないリーフでした。人間とエルフの間に生まれた命です。

人間と交わった事で死んだエルフもいる。しかし、彼らは決して人間と交わる事を拒否してはいない。また、交わる事も出来る

リーフのようなハーフエルフが生まれたのがその証拠です。彼女の両親は恋愛結婚をしたのですから。


リーフの場合は父親がエルフで母親が人間です。母親がエルフで人間に乱暴された、というのは邪推としか言えませんね。

その事実にはルマースも驚いていました。2人は愛し合い、自分達の意思で結ばれました。そして生まれたリーフにも愛を注いだ

実は2人は冒険者仲間だったのです。父親は精霊使いのエルフ、母親は女戦士だったそうです。

リーフは父親から精霊魔法を教わり、母親から武術も学んだそうです。なかなか仲のいい家族だったのですね。


しかしいい事だけではありません。彼女はエルフの村で生まれた訳ですが、やはりハーフエルフであるために迫害を受けました

やがて父親がマーモの侵攻でダークエルフに殺されると、元戦士の母親はその仇を討つ為にマーモに渡りました。

リーフはカラルの叔母の所に預けられ、人間社会で暮らす時もやはり迫害を受けたそうです。


リーフ「でも、あたしは幸せだったわ。だって、お父さまもお母さまも、あたしを愛してくれたもの

それがリーフの偽りのない心でした。こんなに動揺したルマースなんて、きっと数百年に一度しか見れませんね(笑)

それでも自分達はハイエルフだから、普通のエルフとは違うと否定しようとしますが、それを阻んだのはエスタスでした。

変化を求めない事がハイエルフの未来を閉ざしている。普通のエルフは寿命こそ短いものの、子供をよく授けられますからね。


エスタス「本当に他人を説得したいなら、自分にとって一番大事な事を明らかにしないといけないよ」

エスタスの言葉でディードも本心を明かします。ディードが呪いを解こうとしてるのは、間違いを改めようというからではないのです。

ディード「あたしには、愛している人がいます。(中略)あたしは、どんな代償を支払ってでも、彼を助けたいと思っていたんです」

ディードが本気になるのは、いつでもパーン絡みの時でした。以前はパーンと引き裂かれると思ったから、イルクを使おうとしたんだし。


ルマース「たとえば、不幸になると分かっていても、おまえはその戦士の子を産みたいと思うかね?

ディード「もちろんです。もしも、授けられたなら……」

もしも子供が生まれるとしたら、その子はきっとサラブレットのハーフエルフですね。8レベルの戦士と精霊使いの子供だし(苦笑)


ディードの言葉を聞き、ルマースはついに考えを改めて、エントとの盟約を解除して呪いを解く事を認めました。

ルマース「人間たちに呪いをかけるつもりで、本当に呪いに捕われていたのは、わたしたち自身なのかもしれん

こうして呪いは解けて、多くの人が物質界に帰ってこれたのです。浦島太郎な人も結構多かったようですね。

黄金樹の傍に現れたパーンは、ルマースやエスタスにお説教を食らいます。それはもう謝るしかないですね(笑)


しかしまだ全てが解決した訳ではありません。もし人間が交わるレベルに達していなかったら、再び森は閉ざされるでしょう。

そうでなくても、長い間断絶していた人間とハイエルフの間に交流が生まれるまでには、きっと色々あるでしょう。

でも、パーンとディードがいます。いつかきっと2つの種族が手を取り合える、2人はそれを予感させてくれます。


復讐の霧

★1〜6

今度の話は邪神戦争勃発直前、パーンとディードがブレードでスパークに会う前後の話です。つまり新王国暦525年。

本編では帰らずの森解放(520年)から3年となっていますが、それではどう考えても計算が合いませんね。

多くの未帰還者が呪いから解放され、時を取り戻した訳ですが、殆どの人は浦島太郎の如く悲哀を味わった事でしょう。

下手したら500年以上もギャップがありますからね。家族も友人ももういないだろうし、帰る家もないかもしれません。


それでも中には新しい生き方を見つけた人もいます。その一方、ハイエルフ達への復讐を企む者もいたりするのです。

その男の名はストラールカストゥール王国の召喚魔術師です。下級の貴族だったらしく、何があったか呪いに捕われていました。

呪いから解放された彼には何も残されていませんでした。王国は既に亡く、魔術も使えない。どれだけの絶望を味わった事か。


何故魔術が使えないかというと、それは彼の額に埋め込まれた黒水晶と魔力の塔に関係しています。

カストゥール末期に作られた魔力の塔は、額に埋め込んだ黒水晶を介して魔術師に魔力を供給します

しかしその代償として、塔なしでは魔術は使えない体になってしまうのです。既に塔が倒壊した今、ストラールはただの人なのです。


唯一つ残されていたものは、ハイエルフ達への復讐でした。その為に、ストラールはかつてのロードス島太守を頼ったのです。

その太守とはサルバーン。最後のロードス島太守にして、死霊魔術師です。現在はノーライフキングとなっています。

漫画版「ファリスの聖女」では湖上都市クード滅亡の際にカーラと話していたシーンがありましたね。

ストラールは復讐の為だけに、何処にあるのか謎のサルバーンの宮殿を探し当て、力を貸してくれるように懇願したのです。

本当に何処にあるのかは謎ですが、既に魔術の使えないストラールが行ける所ではあります。やっぱりルノアナ湖のあたりかな?


割とすんなりとサルバーンはストラールの復讐に力を貸してやることにしました。別にストラールの気持ちを酌んだ訳じゃないですよ。

ノーライフキングというのは、言わずもがな不死の存在です。言わば、時の流れの中に取り残された存在なのです。

そういう状態で長い時を過ごすと感情が希薄になり、何をするにも無感動になります。だからこういう面白い余興に飢えたりするのです。


具体的には、ストラールが考えた復讐の方法に最適のアンデッドを貸し出したのです。サルバーン本人は出来損ないと評していました。

そのアンデッドとはイエローミストというアンデッドです。霧状のアンデッドで、モンスターレベルはたったの1

戦闘力は皆無、知能もない。ただ黄色く光って漂っているだけで、番犬代わりにもなりゃしません。確かに出来損ないかも。


しかし非常に厄介な性質を秘めているのです。その性質とは、生命力を吸収して成長するというものです。

とにかく生命の精霊力を持つモノは全て対象です。人間や妖精ももちろんのこと、獣鳥虫草、とにかくあらゆるものからチューチューします。

ある程度生命力を吸うと、自らの生命点が上昇しより大きくなるのです。恐らくは無限に大きくなっていくんでしょう。


具体的には、「720/生命点」ラウンドで1点吸収です。最初は15点なので、48ラウンド(8分)1点吸収します。

その調子で20点吸収すると生命点1点増加です。つまり、初期段階から160分で生命点が16点になるんですね。

仮に生命点が1001点まで増加したとしましょう。その場合は約6万983ラウンドかかりますね。これは60万9830秒に相当します。

更に単位を変えると、7日と1時間23分50秒ほどですね。1週間強で途方もなくデカくなりますね(苦笑)

本編でエスタスは半月前に発見したと言ってましたが、半月あれば物凄くデカくなってますね。


何故1001点なんていう中途半端な数にしたかというと、イエローミストのもう一つの性質の為です。

実はイエローミストは武器も魔法も効かないのです。神聖魔法なら多少なりとも生命点を減らせますが、恐ろしく時間がかかります。

そんなイエローミストですが、炎が弱点なのです。火をつければ一瞬で燃え尽きるのですね。燃え尽きるというか、爆発します。


その爆発の規模は、直径は「生命点」mで、打撃力は"ファイア・ボール"と同じ20です。ただし追加ダメージは変則的に変わります。

1001点以上だと15点。なんと黒翼の邪竜ナースのブレスと同じダメージなのです。それが直径1kmですよ、大惨事ですね。

打撃力20だと7振って5点。追加ダメージと合わせて20点ですね。20点の炎が直径1kmを焦土と化すのです。

これは火災になりますね。放っておけば置くほど、もっと大きくなりますし。下手したら森一つ灰になるかもしれません。


ストラールはこのアンデッドを帰らずの森に放ったのです。数多くの生命が息づく帰らずの森です、餌はいくらでもあります

エスタス達ハイエルフも色々な手段を使って滅ぼそうとしましたが、炎以外は無効なので全く効果は上がりません。

風で散らせてみても、分裂したそれぞれの霧が同じように生命を吸収し、やがて1つに集まっていくのです。

このままでは森は枯れてしまうし、多くの生物も死滅してしまう。ハイエルフは地味にピンチに陥っていたのです。


ハイエルフ達がそんな苦境に立たされているとは知らず、パーンとディードはカノンからフレイムへ向かっていました。

今のパーンはやっぱり自由軍のbQ的存在です。今回はレオナーの親書をカシューへ届けに行く途中だったりします。

つまり「ロードスの聖騎士(上)」で登場する何週間か前なんですね。ブレードに着けばスパークに会う事になります。


お使いの途中ですが、集落に立ち寄る余裕はあります。パーンもしきりに勧めるのですが、ディードは気乗りしないらしい。

何故かというと、仲間がパーンの事を蔑視するのに耐えられないらしい。多分野蛮人のように思ってるんでしょう。

ディードはそんな事思っちゃいませんけどね。美しいエルフであるディードですが、人間の美しさや文化をちゃんと評価してるのです。

実はシーリスのような赤毛や、レイリアさんのような黒髪にこっそり憧れてたりします。人もエルフも、自分にないものに憧れるものですね。


そんな時に森を漂うイエローミスト(の破片)を見つけたものだから、村が気がかりになってしまいました。

精霊使い常備の"センス・オーラ"を使えば、この霧がアンデッドである事は察しがつきます。何て怪しいアンデッドなんでしょう(笑)

そして村についてみれば、村は騒然としていました。アンデッドを引き連れた侵入者が現れたからです。勿論ストラールですよ。


現場に急行しようとするハイエルフ達を見かけて、パーンとディードは当然追いかけます。

歩けばかなりの距離がある場所でしたが、妖精界を通って時間短縮。便利に使ってますね、流石はハイエルフ(笑)

現場に着いてみると、ゾンビやスケルトンを指揮するストラールがいました。アンデッドはサルバーンから借りたんでしょうね。

だったらもっといいもの貸してくれればいいのに。よりにもよって最弱の部類ですね。いっそアンデッドナイトとか(物騒な)。


発動体らしき杖を持っていますが、今の彼には無用の長物です。杖そのものに特殊な能力でもあるのかな?

首から提げている水晶は、サルバーンへの中継カメラのようなものだったりします。今頃画面の前で寛いでる事でしょう。

あと青色のローブを身に着けていますが、これは多分召喚魔術の一門の印ですね。当時各系統の門派は、それぞれ色分けされてたのです。

古代語魔法には十の系統があって、それぞれ門派に分かれてました。基本、拡大、四大、死霊、付与、召喚、精神、幻覚、創成、統合ですね。

「魔法王国カストゥール」によると、創成魔術は山吹、四大魔術は緑です。あと召喚魔術は青かな?


ゾンビやスケルトンは下等なアンデッドですが、エスタス達は苦戦していました。精霊魔法が使えないからです。

上位精霊の力を借りるような精霊魔法を使うと木が傷む。彼らにとっては、森の木々や草は守護の対象なのです。

だったらもっと当たり障りのない魔法を使えばいいのに。"バルキリー・ジャベリン"なら周りに被害が出ませんよ。

しかもエスタスの武器はレイピアですしね。骨格標本や腐乱死体にレイピアとは……あまりにも頼りないです。


見かねてパーンが助けに入り、瞬殺します。竜牙兵ですら相手にならないパーンに、スケルトン如きでは時間稼ぎにもならない。

久しぶりですが、エスタスは相変わらずでした。パーンの戦いを野蛮だといいますが、下等な魔物には効果的だがなと認めたりもします(苦笑)

やがてディードが召喚したサラマンダーでゾンビどもはまとめて焼却処分し、パーンはストラールに接近します。

戦ってみると意外にストラールは強かった。剣の修行も積んでたようですね。パーンが相手では流石に勝てませんでしたが。


こうしてストラールを捕虜にしたのですが、村に連れ帰って尋問しても黙秘を貫きます。

仕方なく魔法(多分"チャーム"とか)で強制的に吐かせようとしますが、そうすると自白するのです。

強制されては喋らない。喋る時は自分の意思で。カストゥールの貴族らしくプライドの塊ですね。エリートって感じ(ベジー○―笑)


そしてストラールの口からイエローミストの詳細を知るわけですが、やはり手段は炎しかないと知ってエルフ達は愕然とします。

炎は彼らにとっては忌むべき力なのです。「炎の魔神」でディードがサラマンダーやエフリートを嫌っていたように。

しかも火をつけると森がダメージを受けるのは分かりきっています。もうどれだけ大きくなってるのか、怖くて聞けない(笑)

しかし放って置いてもやはり森は枯死してしまう。火をつけるしかないけど、それをする事は彼らにとっては拷問のようなものです。


森の木々は彼らにとって友人です。親しい友人の首を刎ねろと言っているようなものなのです。エスタスが苦しんでいるのも当然。

ディードがサラマンダーを使った時も、その炎で下生えや虫が燃えました。その事をエスタスは叱ったりもしたぐらいです。

ただディードは、炎が司るものは破壊だけじゃないと知っているので、彼らほどは抵抗はありません。

エルフ達はたった1つの結論が出ているのに、他の方法はないかと議論を交わします。その様子に、パーンもイライラしていました。

エスタスがザクソンの村の寄り合いで、村人達に抱いた感想と一緒ですね。立場が逆になってしまいました。


でも同時に安心しました。価値観こそ異なっているけど、やはり人間だって親しい者を傷つける事には苦痛が伴う

ハイエルフは決して無感情ではない。人間からそう超越した存在でもない。悲しむべき事は、やはり悲しむ心があるのです。

仲間を傷つけられない、その仲間が植物か人間かというだけの違いです。ただ聡明で冷静な種族だから、普段はそう感情を表に出さないだけ。


誰もが決断できない中、ディードが火をつける役に立候補しました。炎が司るものは破壊と再生だと知っているから。

ルマースは一度しかその事を話してませんし、ディードも忘れてました。しかし、ナルディアが思い出させてくれたのです。

『エフリートが誤った力を浄化し、そしてフェニックスが正しい力を再生させる』。この場で使うべきはフェニックスです。


例え炎で森が燃えても、フェニックスの力で燃えたのなら再生が約束されるはずです。

延焼対策として、霧はシルフを使って湖の上に集められ、周りを"スピリットウォール・ウンディーネ"で覆います。

しかし問題は召喚できるか?という事です。精霊王なんてそうホイホイとは呼べません。まして相手はレアな精霊王です。

フェニックスといえば500年に一度現れる知られざる精霊王です。以前見たのは13年ほど前、500年どころか半世紀も経ってない(笑)


しかしディードはフェニックスを召喚しました。フェニックスは霧に突っ込み、見事にイエローミストを消滅させました

不思議な事に、大爆発の後には炎の欠片もありませんでした。地面には雪のような真っ白な灰が分厚く積もっています。

やがてこの灰が肥料となり、雑草が生え、様々な植物や樹木が根ざしていくでしょう。それには数百年の歳月が要るでしょうがね。


帰らずの森の一角に、なかなか広大な広場が出来てしまいました。その事実にはエルフ達も歎くだけでした。

やがてエルフ達は怒りのあまり、ストラールを裁くとか、森を再び閉ざすとかいうことを感情的に訴えだします。

しかしこれは、ある意味ツケなのかもしれません。定命の人間から生きるべき時を奪った、その過ちに対する。

人間の時は限られている。だからそれを奪われたら復讐だって思い立つ。寿命のないハイエルフには分からないのかもしれないけど。

パーンは必至にエルフ達に訴えました、何故この魔術師から奪った時間の大きさを分かろうとしないんだ?と。


エルフ達は口を揃えて言いました、「復讐は愚かな人間のすることだ」と。それに対し、強い調子で否定したのはエスタスでした。

エスタスは言いました、復讐は愚かな人間のすることではない、復讐を求める者全てが愚かなのだと。

この時ハイエルフ達は理屈ではなく感情のみでストラールを裁こうとしている。それも復讐ではないでしょうか?

聡明なエルフ達はその感情に溺れることなく、ストラールを解放してやりました


ストラールは呆然としていました。復讐という大目的の為に今まで邁進してきたのに、急にそれが目の前から消えてしまったのです。

それにまさか解放されるとは思ってませんでしたからね。殺されても悔いはないと思ってたのに、エルフ達は怒りを抑えてしまいました。

復讐は微妙に上手くいってましたが、彼らの心に致命的な傷跡を残せなかった点は中途半端かもしれませんね。

唯一残されていた目的を失った彼は、これから何を支えに生きていけばいいのでしょうか?


サルバーンの元に帰ったストラールは、必至に懇願しました。永遠の従僕としてここに置いてくれと。

つまりレッサーバンパイアにして欲しいって事ですかね?。しかしサルバーンはあっさり拒否し、宮殿からストラールを追い出しました。

この場でサルバーンの脇にいた従僕は何でしょうね。やっぱりレッサーか、はたまた他のアンデッドか。


サルバーン「時間が流れはじめたからこそ、失われた時間が貴重に思えるのだ
      ならば、その逆もあると思え。止まってしまってこそ、流れる時間が懐かしく思うときもある

ノーライフキングである彼にとっては時の流れは無意味、止まってるも同然。昔を思い出す時もあるんでしょうかね。

ところで、ここでサルバーンは「慈悲を見せたとてかまうまい」と言ってるんですが、この慈悲って何でしょうね?

ストラールは宮殿に留まる事を望んでいたから、それを適えてやる事か。それとも自分と同じ境遇にしないでやる事か。


ハイエルフ達はというと、再び森を閉ざすかどうか議論を交わしていました。このままだとまた閉ざされそうですね。

パーンは森を開いていて欲しいそうです。同じロードスにいるのだから、交わっていきたいと思っているのです。

交流が生まれると、相手の事がある程度分かるものです。当然小さな諍いが起きるでしょうが、それによって破滅的な諍いは避けられる

隔離されて相手の事を全く知らないと、かえって暴挙に及びうると思いますよ。一度争いになればかなりの無茶だってするでしょう。


別れ際にエスタスが握手を求めてきたのは、正直嬉しかった。まさか向こうから握手を求めてくるとは。

エルフ達の話し合いの途中でパーンとディードはフレイムに向かい、スパークと会いました。

その帰りに再び帰らずの森に寄るのですが、下手したらまた結界が敷かれているんですよね。


するとどうでしょう、エスタスが待っていてくれました。もう結果を聞くまでもないですね、やはりエルフは聡明な種族です。

今度はパーンの方から手を差し出し、エスタスとガッチリ握手しました。パーンが開いたのは森ではなく、エルフの心だったのです。

パーンとディードが人間とエルフの愛情の手本なら、パーンとエスタスは友情の手本になって欲しいと心から思います。


帰らずの森の妖精

★1〜7

最後のお話はこれまでと違って、「戦記」の話のどこにも挟まれません。なにしろ、ディードがパーンと出会う前のお話なのですから。

ディードがまだ帰らずの森で生活していた頃の話です。まぁそう昔でもありませんけどね、多分「灰色の魔女」の少し前。

当時のディードはこの世界の全てが森だと思っていたそうです。森の外にも世界が広がっている事は知識としては知っていたそうですけどね。

でも生まれてからずっと森で過ごしてきたのだから、彼女にとってはやはり森こそが世界の全てだったのですよ。


ところが、1年ほど前にディードは初めて森の端を見たのです。それからはもう、外の世界への好奇心を抑えられませんでした。

海や山や丘、街道や村、森の中にはない様々なものはさぞ刺激的だったのでしょう。でも森の外までは出て行ってませんでした。

多分外へ行きたいという思いもあったんでしょうが、外へ出てはいけない決まりもあったし、やはり躊躇いもあったでしょう。

それでも単調な日々の繰り返しである森の生活にはないその可能性に、彼女の心は躍っていたのです。


変化がないと思われていたハイエルフ達の営みですが、最近ちょっとした異変があったりします。

それはエントの呪いに捕われている人間が姿を見せているというものです。とはいえ、呪いから完全に脱している訳ではありません。

要は「開かれた森」のパーンのように、精神力や精霊使いとしての素質で姿が幻影のように森の中に現れているのですね。

呪いに捕われたら異界の迷いの森に引き込まれて永遠の眠りに落ちる訳ですが、その状態から抜け出そうとしてるんですね。

パーンのように冒険者レベルが高い戦士ならともかく、その人間は普通の狩人のような姿をしているのです。


ディードがシルフから外の世界の話を聞き、水晶に閉じ込めた事でエスタスに怒られていた時にも出てきました。

シルフを水晶に閉じ込めるのは、"コントロール・スピリット"ですね。これで何時でも何処でも風の精霊魔法が使えます

でもエスタスはそういった事にも感心できないそうです。それはダークエルフのする事なんだそうですが、じゃあ精霊使いは皆ダークですね(笑)

ディードはそんなに深い考えがあってそうしてるわけじゃありません。ただ一緒にいたいから、外の世界の話を聞きたいから。

西風に乗ってやってきたシルフですから、精霊語で心を通わせればその情景が心に浮かぶそうです。なんかロマンチックですね。


エスタスは頻繁に人間の幻影が現れる事に危機感を抱いています。彼だけでなく、他のハイエルフ達も皆。

もしも彼が異界の迷いの森にある黄金樹を傷つけてしまったら、盟約は破棄されて結界が消えてしまいます

そこでエスタスは黄金樹(物質界にある方の)の下で瞑想を続けるルマースに声をかけました。

ルマースはこの黄金樹を通して外界の森や精霊と交信し、ロードスに不穏な気配があることを探っていたのです。


ルマースも幻影として現れる人間を放置する事に危険性を感じ、エスタスにとある役目を任せました。

その役目とは、異界の呪いの森に行って、その人間を抹殺する事です。不快な役目ですが、エスタスは適任なのです。

異界の迷いの森は特殊な魔法空間です。精霊を呼び出せないから、精霊魔法は使えないと思っていい。

そうなると剣や弓に頼らないといけません。エスタスはその弓や剣の腕前がディード以上に巧みなのです。


武器に頼るのは若いエルフに多い傾向らしいです。何故ならば、成人したエルフは武器ではなく精霊魔法を使うから。

エスタスだってもう1000年以上生きてるから、精霊魔法の実力はかなり高い。本来武器なんて使わなくても問題ありません。

しかし彼はディードに次いで若いエルフでもあるのです。エルフ社会でもこういった汚れ仕事は若い方に回ってきます。

若い上に武器も使える、立場的にも実力的にもエスタスが適任なんですね。年下はケツを走る理論に似ています(何処の族だ)。


一方ディードはというと、好奇心の赴くがままに森の周辺部をプラプラしていました。内心エスタスの頭の固さにムカムカしつつ。

ハイエルフの村は帰らずの森の中央部にありますが、森の各地にある妖精界の出入り口を利用すればすぐに行き来できるのです。

妖精界の時間の流れ方は、物質界のそれとは違います。しかしディード達ハイエルフはその秘密も熟知しているので無問題。


ディードはここで、人間の青年と出会うのです。ジョルドという名の狩人でした。人間と話すのはきっとこれが初めてでしょう。

でも第一印象は最悪でした。ディードはジョルドが牝鹿を仕留める所を目撃し、ショックを受けたのですから。

ハイエルフに狩猟の習慣はありませんからね、野蛮で残酷な行為と思うのも無理はない。怒りのあまり、精霊魔法で脅そうとしてましたし。

"ウィンド・ボイス"で森の守護者を演じ、二度と森に来ないように脅かします。なかなか幼稚な事をしますね(苦笑)

相手が脅しに屈しないと見ると、更に"バインディング"で束縛しようともしました。森の守護者はともかく、ちょっとやり過ぎたかな。


結局は調子に乗って音を立ててしまい、ジョルドの矢を足に受けて木から落下します。ディードは死を覚悟しました。

ディードは人間が同族や親兄弟とも殺しあう事を聞いていたので、てっきり自分も殺されると思ったんですね。

しかしジョルドはディードが妖魔ではなくエルフだと知って、気絶したディードの傷の手当てまでしてくれました。


話してみると結構いい人でした。怪我をさせたことを素直に謝罪したり、割と誠実そうな人柄でしたね。

鹿を殺した事については、色々と議論になります。ディードにとっては、森の生き物を殺す事は許せない事なのです。

しかしジョルドは道楽で鹿を殺したわけじゃない。生きる為です。動物を狩って、その肉や毛皮を生きる為に使う。それが狩人です。

自然からの恵みを受けないと生きられないという点では、エルフも人間も同じです。ただそれぞれ文化が違う。

もし楽しみの為だけに動物を殺したのだとしたら、その殺された動物は無駄死にになってしまいます。しかし今回は違う、無駄じゃない。


それに、どうやらジョルドには狩人としての自覚があるようでした。ジョルドは父親から狩人としての心構えを教わったのです。

人間は奪うだけで与えないとディードは言いますが、何も森が死滅するほど酷い略奪は行いませんよ。魚を釣るのに水を掻き回す人はいない

この広大な森で数名の狩人が弓で動物を狩るだけじゃ、繁殖に影響を及ぼすほどにはなりません。その点現在の地球とは違います。

それに、狩人にも色々約束事があるのです。子供や繁殖期の動物は狙わないとか、狩るなら老いた牡だとか、色々とね。

狩人は人間であると同時に森の動物である、そうジョルドや親父さんから教わったそうです。


そういった事を聞いて、ディードも取りあえずは納得しました。森の動物なら必要な分狩ってもいいかな、と。

ディード曰く、人狼(ひとおおかみ)だそうです。まぁそんなもんかもしれませんね、そういうのもありでしょう(笑)

仲直りできた事に安堵し、ジョルドは握手などを求めますが、そういった文化には疎いディードは何のことやらさっぱり

まぁ意味を知った上で拒否したエスタスに比べたら遥かにマシですね。ちょっとジョルドが恥ずかしい事になっただけ。


なお、ジョルドの父親は驚いた事に結界が見えたそうです。ジョルドが森に入って大丈夫なのも、安全圏を知っているからです。

実は結界は森全体に及んでいるわけではなく、周辺部は微妙に範囲外なんだそうです。その境界が父親には見えたんですね。

その父親も15年前、呪いにかかって未帰還者になったそうです。病気の奥さんを治そうと、無理した結果ひっかかってしまったんですね。

結界が見えたのは、恐らくは精霊使いの素質があったからでしょう。見えたと言うか、感覚的に境界を察したんでしょう。

それはそうと、魔術師が"センス・マジック"を使った場合、やはり結界の輪郭とかは分かるんでしょうかね?


神聖魔法で病気を治して貰う為には多額の寄進が必要です。それを捻出する為に、父親は規則を破っていた可能性もあります。

森に裁かれたと言ったところです。焦る余り規則を破りつつ周りが見えなくなってたんでしょう。

しかもリュンクスなんて大物を狩る為に、私欲でリュンクスを追いかけたそうです。こういう大物を狩る事は、狩人の憧れですから。

父親が帰ってこないことに同情した司祭に母親の病気は治してもらって、ジョルドは狩人として働いてその分を返したそうです。


ていうかそんな貴重な幻獣もいるんですね。リュンクスと言えばSW短編「幻獣の遺産」にも出てきたように、半径100mを透視しますよ。

リュンクスの体内にはリグニア石があります。精神の病の特効薬になります。大陸では1万2000ガメルという高額がつけられてます。

こいつを捕まえるのは本当に難しいですよね。気をつけて接近してもすぐ見つかるし、実は6レベルモンスターと強かったりするし。

どうやら帰らずの森には他にも貴重な幻獣がいるようです。なんとユニコーンまでいるんですよ、レア中のレアモンスターです。

ユニコーンの角には莫大な生命の精霊力が宿っています。状態にもよりますが、最高価格はなんと22万ガメル!


ディードはジョルドと分かれて村へ帰ります。そこでエスタスが例の男を始末しにいった事を知るのです。

しかもその男の面影が、ジョルドと似ている事にも気づきます。そう、エスタスはジョルドの父親を殺そうとしているのです。

そうと知ったディードは両親の制止を振り切り、黄金樹から異界の迷いの森へ突入しました。そんな簡単に出入りできるんですか。


異界の迷いの森に入ったディードは必死でエスタスとジョルジュの父親の姿を探し、2人が戦ってる所を目撃するのです。

流石にエスタスの方が優勢でした。剣と弓を巧みに使い、ジョルドの父親に怪我を負わせているのです。

人を殺す事に反発し、ディードはエスタスに止めるように訴えますが、聞き入れてはくれませんでした。


結界が消えたら森が脅かされるという主張ですが、やっぱりエルフも自分大事なんですね。自分の為に他人を殺す事に変わりはない。

「妖精界からの旅人」で自分の為にパーンを殺そうとした村人を軽蔑していたエスタスでしたが、そんな事言える立場ではないと思う。

別にそれを否定するわけじゃありませんけどね。マイリーではありませんが、生きる事は戦いです。自分を貫く我侭なのかもしれない。

人もエルフも他者から何かを奪う事で生きるのが現実です。それが目に見えるか見えないか、自覚があるかないかの違いです。

どうしても生きたいのなら、時に泥に濡れる事も恨まれる事も覚悟した方がいいと思う。自分だけは高潔だと思い込む無関心こそ問題です。


ディードはエスタスに対抗する為に、水晶に閉じ込めておいたシルフを解放して"ミサイル・プロテクション"を唱えようとします。

所謂"シルフの守り"というやつですね。こっちの方がロードスファンには馴染みかもしれません。

これでエスタスの弓は当たらなくなりますね。武器の打撃力が30を越えていたら防げませんが、非力なエルフはそんなの使いません。

しかしここはエントの力が強い異界です。シルフはその異質さに耐え切れず、狂ってしまいます


精霊は普通、精霊使いに召喚されて用を終えれば精霊界に帰ります。しかし色々な事情で、狂える精霊となってしまう事があるのです。

狂える精霊は物質界に順応できない為に、物質界のあらゆるものに敵対行動を取ります。要は襲い掛かってくるわけです。

狂っていても精霊は精霊、通常の武器は通用しません。銀か魔法の武器か、魔法そのものでなくてはなりません。

この場でディードが持っている武器は普通の武器です。エスタスだけが銀のレイピアを持っているのです。

狂えるシルフはかまいたちを多用(精神力は消費しない)してエスタスを切り刻みますが、最後にはエスタスのレイピアで倒されます。


ディードから外の世界では既に15年経っている事を知らされた父親は愕然としますが、それでも呪いから解放されたがります。

それどころかその事実を告げたディードにお礼を言ったりもします。その事に、エスタスはかなり驚いていました。

何だかんだでエスタスは父親を呪いから解放してくれました。父親は、心の底から感謝していました。

呪いに捕われて15年、恨んでもいいはずなのにお礼を言ったのです。その心境は、何となく分かる気もしますけどね。

エスタスはその事を意外に思っていましたが、事情はどうあれ、助けてくれたらやはり感謝の念が芽生えると思いますよ。理屈ではなく。


本来なら、帰らずの森の未帰還伝説を崩す事は危険な事なのです。人間が森を恐れなくなるかもしれませんしね。

しかしジョルドの父親なら、多分大丈夫ですね。出来る限り黙っていてくれると思います。噂が立つのは避けられないでしょうが。

まぁこのあと10年ちょいで本格的に呪いは解除されるし。もしかしたらディードはジョルドとまた会えるかもね。

ジョルドはカノンに住んでいます。自由軍として活動していれば、もしかしたら会っていたかもしれませんよ。


村に帰ったディードはこっ酷く叱られました。父親からは10日間のお説教を食らいました。もはや拷問か(笑)

ハイエルフは寿命が長くて気が長い分、お説教も長いんでしょうか。人間だったら心を病むかもしれない。

それからルマースは外の世界の調査に誰かを派遣する事を発表し、ディードは脊髄反射で名乗り出ました

やはり色々と反対されますが、他に外に行こうとするエルフもいないし、有力候補だったエスタスも賛成したので決まってしまいました。


かつてエスタスも外の世界に憧れ、人間に希望を抱いていた事がありました。ディード以上に期待に胸を躍らせていたのです。

しかし彼が森の外で見たのは、同族で殺しあう人間達の姿でした。エスタスは、きっと裏切られたと思ったんでしょう。信じたくなかった。

だからエスタスはディードが外の世界を知ろうとする事に反対していたんですね。でも、最後には賛成してくれた。

エスタスの真意はどうであれ、ディードは機会を与えてもらったのです。真実を知る機会を。


真実は一つに見えても、それを受け取る側によって無限に姿を変えます。ディードはディードの真実を見つけるでしょう。

そしてディードが出会った一人の戦士が、閉ざされていたエスタスの心をも開いたのです。かつての希望を蘇らせたのかもしれない。

エスタスは人間達の醜い面ばかりを見たようですが、ディードはそうではなかった。その点、ディードは幸せだったのかもしれません。

森を出た後、ディードは海に行ったそうです。その壮大さと美しさに圧倒されたことは容易に想像できます。

そしてアランの街でパーンや仲間達に出会い、彼女は様々な事を経験していきます。さぁ、ディードリットの冒険が始まる……




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