「ロードス島伝説 永遠の帰還者」著:水野良 出版社:角川書店
★はじめに
「ロードス島伝説」の外伝であるこの作品は、本編の主人公とも言えるナシェルを中心にした短編集です。
元々「伝説」は六英雄+フラウスの物語だった筈です。そのプロットは水野先生の学生時代にまで遡るのだからかなり根が深い。
しかし直接彼らを書くのは大変そうなので、代行主役のような感じでナシェルを出してみたら、これがまたとんでもないキャラでした。
雪ダルマ式の悲劇に見舞われながらも、自力で扉をぶち破り、気づいてみれば彼らを纏められるだけの英雄になっていました。
1巻から4巻までのサブタイトルは全てナシェルの事です。この本にある"永遠の帰還者"も勿論、彼に与えられるべき称号です。
この本はそんなナシェルの思いや、ナシェルに対する色々な人の思いが綴られています。それは概ね悲劇的な内容ですけどね。
そしてこの本は「伝説」の序章であり、終章です。本編に比べてどのタイミングで読むかは人それぞれですが、最後に読んでも差し支えない。
私のお勧めとしては、序章はナシェルが雄飛し始める3巻ぐらいで読んで欲しいですね。勿論終章は4巻の直後に読んで欲しい。
3巻になると、それまで苦労し続けたナシェルが次第に名声を上げ始めます。その3巻と並行する感じで序章は楽しめそうです。
というのも、それ以後のストーリーは序章に書かれている魔神解放の真相を知りながらだと、より楽しめるからです。
ナシェルに対してウォートなどが抱く期待と、その魔神解放の真相を比べつつ、4巻に待ち受ける一つの結末を味わって欲しいです。
ウォートの期待とはナシェルをもってロードスを統一するという事です。この短編で明かされますが、それと同じ物をブルークも抱いてました。
ナシェルに寄せるその各人の期待や思いが、彼自身にどのような影響を及ぼしているか。それに対して彼はどういった反応を取るか。
本編の魔神戦争が進んでいくと、次第に戦後を考える人が出てきます。そういった人達もまた、ウォートやブルークと比べてみて欲しい。
断言するのもなんですが、魔神戦争は悲劇です。しかしただの悲劇ではない。それを考える上で、この短編集は実に重要な話揃いなのです。
★1〜2
最初のお話は魔神が解放される前のスカードが舞台となります。時間にして1巻の冒頭のおよそ半年前、ナシェルはまだ15歳です。
この頃のスカードは人口はおよそ1万、騎士の数はその100分の1でたったの100人です。「竜の盟約」に参加出来ないのも無理はない。
本編でも述べたように、北の大国ヴェノンは盟主国のようなものです。国として独立は保っていますが、反抗出来るほどの力もありません。
しかし石の王国との交易で財政は極めて豊かで、その盟友へ贈る極上のエールには一切口をつけないという勤勉っぷりです。
豊かな国庫を狙ってか、頻繁に金品の供出を求められますが、それに応じてもなお余裕がある。ささやかな平和、それを享受する小国です。
今回のお話はそんなある日、ハーケーンの第三王女のエランダ姫が訪れた時の話です。さりげなく魔神解放の一因かもしれない話です。
魔神解放前なのだから、当然ブルークもリィーナも出てきます。
ブルーク 40歳?
ファイター?、セージ?。ナシェルの父親で、魔神解放の張本人。しかし極めて優秀な国王でもあります。年齢は半年前なので微妙。
その武芸の腕前はマイセンに次ぐほどで、かつてのハイランドの剣術大会では最後まで勝ち残った猛者でもあります。
そのマイセンの妹である王妃エリザとの間にナシェルが、娼妃ナターシャとの間にリィーナが生まれます。ブルークは2人を溺愛しています。
ナシェルに対しては、その非凡な才能を伸ばして、片田舎の国王なんかでは終わらせしないという思いを持っています。
リィーナ 15歳?
ナシェルの腹違いの妹。兄であるナシェルが"太陽の王子"と呼ばれるのに対し、その愛らしい容姿から"月の姫"と呼ばれています。
年齢の割には子供っぽい所があって、虫とかを見て悲鳴を上げる可愛い所もあります。ナシェルの事を心底慕っていて、その思いは兄妹以上?
母親に似たのか、黒髪に双黒の瞳をしています。ナシェルの金髪碧眼に対して、ちょっとした劣等感を持っています。
現在のスカードの王族は彼ら3人だけの筈です。その3人が揃ってハーケーンのエランダ王女を出迎える所から話は始まります。
エランダ姫はかなり我侭な性格で、歳はナシェルより1つ下です。今回の来訪の理由はそのナシェルに会いたかったから、それだけ。
どうやらヴェノンへの使者だったそうですが、興味だけでマスケトの街から南下し、スカードにやって来たのです。
本来ならば先触れの使者を送り、その後で正式に使者を送るものです。しかし今回は急だったのでヴェノン騎士がちょっと知らせに来ただけ。
こんなのに付き合わされる側近の騎士8名もいい迷惑ですが、こういう立場でもないと飲めないスカードのエールが飲めるのはラッキーかな。
エランダ姫は馬車から降りるなりナシェルに向かって一直線。ブルークもリィーナもアウト・オブ・眼中です(死語)。
大分失礼ですが、リィーナに対しては見下すような様子ですらあります。粗相をした侍女をたしなめるかのような。
「ナシェルは私のもの、あなたの出る幕はありませんわよ」という感じの、何やら少女漫画チックなイジメの構図ですね(苦笑)
思わず何処かのバレー部とかテニス部の先輩後輩かと思う程です。当然リィーナは面白くありません、顔を真っ赤にして羞恥に震えます。
エランダ姫は日中はナシェルを独り占めしてあっちこっち案内させ、宴になってもダンスのパートナーとして放しません。
いつもなら必ず最初はナシェルと踊るリィーナは、声をかけてきたタラシっぽいハーケーン騎士を一蹴しつつ、お兄様を取り戻す時を伺います。
多分エリートで自分に自信があるであろうそのハーケーン騎士は憮然としていました。そんな風に断られたら、まぁそう思いますよね。
そういえば昼間では、エランダ姫がナシェルがいるから護衛は不要と自国の騎士達を追い払ってましたっけ。プライドが傷つくでしょうね。
しかも宴が始まってからは、エランダ姫はナシェルにつきっきり。玉の輿でも狙ってるのだとしたら、やはり面白くないでしょう。
やがてエランダ姫が一息ついて、ようやく一緒に踊れると思ったら、ナシェルは疲れているから他を当たれと、すげなく姫に追っ払われます。
しかも後ろではブルークが怖い顔でこっちを見ています。これはあれですね、いいから言う通りにしろ、という無言のメッセージですね。
別にブルークだって憎くてやってる訳じゃないですよ。下手に非礼を働いて、ハーケーンを怒らせるような事をしたくないだけです。
しかしリィーナ可哀そうに、ついにはナシェルの馬に乗って城を飛び出して行っちゃいましたよ。最近噂のプチ家出ですかね。
リィーナは盗んだ馬で走り出します。決して十五の夜ではないけど走り続けます。ていうか盗んだわけじゃない(笑)
リィーナは随分と自虐的に思考します。馬鹿な事をしたと思いつつ、何故自分とナシェルはこうも違うのだろうと考えます。
一応母親が違いますからね。ナシェルの容姿は間違いなく母親似です。あの金髪碧眼はハイランド王家のものです。
加えて武術の才能や王としての資質はブルークでしょうね。あの頭の良さは両親共通のものかもしれませんね。
しかしリィーナの容姿は娼妃であった母ナターシャのものです。何でも彼女は旅芸人の踊り子だったそうですよ。
奔放な性格というと聞こえはいいですが、悪く言えば卑しい。エリザに対しても嫉妬や畏怖の念を抱いていたそうです。
しかもエリザが亡くなると女帝の如く振る舞いだし、無駄遣いやイジメが酷かったのです。1人自殺に追い込んでたりしますし。
そんな母親がリィーナは嫌いでした。その母から受け継いだ髪や瞳も嫌いです。"月の姫"という呼び名すら、彼女は好きではない。
月は夜にしか輝かない、太陽の光の下ではないも同然。リィーナは自分が騎士や領民から蔑まれているとまで考えます。
流石にそれは思い込みだと思いますけどね。月は中立、周期の象徴。昼も夜もあり続け、地上を見守る。それがフォーセリアの月です。
いっそ父親も違えばよかったのに、とか考え出しますが……まさかこれが伏線になっていたとは………。
兄への思いが溢れ出し、誰かのものになってしまう事を考えて涙も溢れてきた時でした、リィーナは落馬してその前に狼が現れたのです。
狼(ウルフ)はフォーセリアでは1レベルモンスターです。それに1匹ならそんなに怖い相手ではありません。
狼が怖いのは群れをなしているという場合です。集団で獲物を囲み、ウルフパック戦法(四方八方から波状攻撃)を仕掛けてきます。
まぁ今回は1匹なんでどうとでもなりそうですが、リィーナは戦った事なんかない女の子です。しかも相手は空腹らしく、目がイっちゃってます。
狼は妙に賢い所があります。相手が自分より強いと見ると、無駄に戦いを挑んだりはしません。そうでないと野生の獣なんて勤まらないし。
リィーナは狼にナメられないように必死で虚勢を張りますが、長保ちはせずについに悲鳴を上げます。狼がリィーナに襲い掛かります。
しかしそれを助けたのはナシェルでした。自分の愛馬が単独で戻ってきたので、エランダ姫を放置して駆けつけたのです。
何だかんだ言っても、やっぱり愛されてるじゃないですか。どうでもいいと思ってるなら、わざわざ役目を放棄してまで来ないって。
リィーナは気を失ってしまいますが、その間にナシェルは狼を素手で殺します。ベルド仕込みの武術ですね、やっぱり7レベルなのかな?
もしナシェルが7レベルだとしたら、素手でも12点を叩き出します。某"ファリスの鉄騎兵"と同じぐらいですね(笑)
すると狼なんて2発で倒れます。狼をものの20秒で倒すとは……"太陽の王子"というか、何処ぞの蛮族の英雄みたいですね。
なお狼の攻撃ですが、ナシェルなら1ゾロらない限り回避。しかも仮に噛まれたとしてもレベルだけで止めます。負けそうにない。
しかしナシェルは、リィーナが気がついた時には傷だらけでした。やっぱり7レベルもなかったのかな。時間経過を考えると微妙ですが。
ナシェルは冷たい目をしていたそうですが、多分心配をかけた事に怒ってるだけだと思います。そして怪我が酷くてあまり喋れない。
リィーナは申し訳ない気持ちで一杯でした。自分のせいで姫は放ったらかしだし、ナシェルは怪我するし、どう言っていいか分からない。
もう一生ナシェルは自分を許してくれない、昔のように笑いかけてくれない。大好きなナシェルが遠くに行ってしまう、そんな恐怖もありました。
そしてリィーナは決意します。ナシェルの為なら命をかけようと。そうすれば許してくれる、自分の事を忘れないでいてくれる。
リィーナは無垢で純粋な少女です。それだけに、その思いはあまりにも真っ直ぐです。そして半年後、魔神が解放されたのです。
★1〜3
今度は「太陽の王子、月の姫」から少し時間が経過した頃のお話です。この話こそは魔神解放の真相なのです。
モスの小国スカードのブルーク王はある野心を抱いていました。それこそは、ロードスの統一だったのです。
戦乱に明け暮れるモスを平定し、ライデン、ヴァリス、アラニア、カノン、更にはマーモまでをもその支配下に置こうと考えていました。
非凡な才能を持つナシェルをロードスの覇王とする事を願っていたという事が、その最大の理由だったといっていいでしょう。
だからこそブルークは、"荒野の賢者"ウォートと"赤髪の傭兵"ベルドという魔法と剣の象徴とも言える2人を招聘したのです。
彼らは表向き宮廷魔術師で傭兵隊長ですが、本当の役目はナシェルの潜在能力を最大限に引き出すための教師でした。
しかもウォートとはその野心を共有する盟友ですらありました。統一戦争を起こした時には、軍師としてその手腕を振るってもらうつもりです。
その為には強大な軍事力がいる。そうウォートにこぼしたところ、ウォートは魔神の軍団が封印されているという事を教えてくれました。
魔神の詳細については「亡国の王子」の方で触れた通りです。彼らはカストゥールの魔術師によって召喚され、封印されているのです。
もっとも、ウォートとしては本気で言っちゃいませんがね。魔神を解放しその力でロードスを統一する、そんな方法では必ず綻びが生じます。
魔神を解放するだけでも「魔神王の迷宮」に潜って凶悪な罠や守護者を突破し、解放者と血縁のある生贄を捧げねばなりません。
そうすることで魔神王は解放者に隷属します。また、魔神王に隷属する全ての魔神も間接的に従える事が出来ます。
戦力としては十分すぎますね。ぶっちゃけた話、魔神王1体だけでロードスを滅ぼす事も可能です。ロードス諸国なんて軽く潰せます。
しかしその条件に当てはまるのはリィーナのみ。ブルークは態度にこそ出しませんが、娘を溺愛しているのですよ。
しかもそれで統一できたとして、そんな血塗られた玉座をナシェルがよしとする筈がない。現実的ではないんですね、色々と。
それに解放者が死ねばそれだけで魔神王は呪縛から解放されます。つまり御しきれるのは一代限り、どう考えても危険すぎますよ。
これって生贄との血縁があれば解放者とは別の人でも従える事はできるんでしょうかね?。出来るなら血筋を絶やさない限りOKですが。
「太陽の王子、月の姫」でも述べたように、ナシェルとリィーナは異母兄弟です。ナシェルの母はエリザ、リィーナの母はナターシャでした。
そのナターシャの方ですが、自由奔放な性格で実にセクシーな女性だったとか。ブルークはそういう所に惹かれて娼妃にしたのです。
それだけならいいんですが、様々な悪癖も抱えていました。エリザに対しては嫉妬し、高価な服や宝石を買い漁り、侍女を自殺に追い込みます。
そしてついには使用人と浮気までする始末。そこでブルークは薬草師のタトゥスに命じて、ナターシャを毒殺します。
しかし本人は気づいていたのか「お恨みいたします。スカード王国と王家に、呪いが降りかからんことを……」と恨みの言葉も残します。
リィーナはそんな母親によく似ているそうです。実際彼女の我侭っぷりはよく似ているとか。性格って遺伝するんでしょうかね?
政略結婚をしたら簡単に相手を虜に出来るかもしれませんが、もっと精神的に成長してからと、親バカなブルークは考えています。
ウォートとしては、ナシェルがもう少し成長してから統一戦争を始めようとしています。時間はありますからね、たっぷりと。
しかしブルークには時間がない。何故かというと、実はブルークは死病を患っているのです。喉に腫れ物が出来ているそうです。
ドワーフの作った火酒をガブ飲みしたからだそうです。つまり、酒に宿る炎の精霊力が体に悪影響を及ぼしたという事でしょうかね?
ブルークは信頼できるタトゥスにだけこの事を相談します。ブルークのタトゥスに対する信頼度は、上級騎士の比ではないのです。
神聖魔法で治したらいいじゃないかと思うかもしれませんが、自然に得た病には神聖魔法は効きにくい。ある意味では天命だからです。
それに万が一この事が外部に漏れると、北のヴェノンの介入があるかもしれません。それだけは、何としても防ぎたいのです。
ナシェルはあと5年もあれば立派な為政者になる、それに統一戦争の準備も整っていない。今は戦を避けねばならないのです。
ブルークはタトゥスに薬を作ってもらって、それで凌ぐ事にします。保って5年ほどですが、それだけあれば十分だそうです。
しかし我が子が覇道を歩む様子を見る事が出来ない事が、ブルークにはとても残念です。そしてそれを託すウォートやベルドが羨ましい。
そんな時ブルークは一気に追い詰められる事になりました。ヴェノンの密使がやってきて、武力の行使を宣言したのです。
密使は2つの事を要求してきました。1つはリィーナとアロンド王子との結婚、もう1つは石の王国との交易の利益の8割を差し出す事。
というのは、どうもヴェノン王ヤーベイはブルークの野心を看破していたようなのですよ。しかも内通者がいるらしいし。
ベルドやウォートを招いた事も、多額の資産を蓄えている事も、謀反の意思がある証拠だと密使に指摘されます。
リィーナを嫁にというのは、そうしておいてからブルークとナシェルを暗殺すれば、スカードの財産はヴェノンのものになるからです。
利益の8割は、向こうにも多少の権利があります。「太陽の王子、月の姫」でエランダ王女を放ったらかしにした事が後で問題になりましてね。
エランダ王女は父親に「ナシェルに乱暴された」と出任せを言ったら、なんと戦争になってしまったのです。交戦したのは当然ヴェノン。
もっとも、その時ブルークは多額の戦費を払いましたがね。これはリィーナの責任でもあったので、ブルークは黙って払ったのです。
しかし8割はあまりにも大き過ぎるとブルークは密使に訴えますが、何故か密使はスカードの国庫の蓄えを把握していました。
これで内通者がいることが分かりますね。スカードに見切りをつけた重臣がいるんですよ、誰かは分かりませんけどね。
ブルークは屈辱に震えていました。密使はどうみても凡人、立場を利用してイバっているだけ。しかし小国に生まれたら、頭を下げるしかない。
そんな苦しみをナシェルには味わわせたくない、と考えるブルークは本当に息子を愛しているんだな……と妙に感心しました。
自分に酔っている感もある密使にとうとうブルークは我慢ができなくなってきたのか、凄まじい迫力で威圧します。
密使が剣に手をかけた時、「……抜いてみるがいい」と低く呟きます。ブルークの実力は息子を見ても分かる通り、かなりのものです。
かつてはハイランドの剣術大会で、ヴェノンの代理として出場し、最後まで勝ち残ったそうです。多分7レベル以上はあるでしょうかね。
その迫力に圧倒された密使はさっさと逃げ帰りますが、状況は何も変わっちゃいません。このままでは遠からずスカードはヴェノンに屈します。
★4〜6
思い悩んだブルークはリィーナの部屋を訪れました。こうして娘の部屋に来るのは滅多にない、下手したら初めてかもしれませんね。
例の事件を気にしているリィーナは少し心配になりますが、別に怒っている訳ではないと分かって、父親を部屋に入れます。
そしてブルークはリィーナに告げました。ヴェノンが第三王子とリィーナの婚姻を迫っていると。しかもそれが、父と兄の暗殺の前提だと。
婚姻は元より、それがブルークとナシェルの暗殺の引き金になっていると知ったリィーナは全身で嫌がります。そんな事には耐えられないと。
そうなるぐらいなら死んだ方がマシ、と本気で思うぐらいです。この思い込みの強い娘なら実行しかねないと思います。
リィーナはヴェノンと戦っても負けないと言います。ベルドやナシェルがいるのだし、石の王国やハイランドの救援もあればきっと勝てると。
確かに……ベルドとウォートがいれば一度ぐらい撃退できそう。ウォートなんて、汚い手を使おうと思えばいくらでも出来るし。
しかし長期的に考えると、多分無理です。唯一の陸路を塞がれては経済的な兵糧攻めです。それにやはり、数は脅威です。
確かに今のスカードには優秀な人物がいるけど、それだけで勝てるほど戦は甘くない。戦を決するのは武力だけではなく、それを含めた国力です。
ブルークもリィーナも、なにやら打ちひしがれたようでした。お互いにナシェルの事を思うあまりに、このような事態を呼び込んだのだから。
ブルークはナシェルが大人になって、この国に絶望する前に全てを揃えてやりたいと思っていました。しかし焦り過ぎたあまり、今こうなってる。
リィーナだって、心底ナシェルの事を慕っています。その想いはその内、兄妹ではなくて男女のそれに育ちそうな程です。
しかしこの間の事件では、自分が勝手をしたせいでナシェルは大怪我をして生死の境を彷徨ったそうです。リィーナは償いたがっています。
妙に小さく見える父親を、リィーナは後ろからそっと抱きます。本当ならこうして仲のいい親子でいれば、それだけで幸せだったろうに。
ブルークは唐突にとある事件の事を言い出します。それは3年前に起きた父親殺しの事件の事でした。
ある一家の息子である若者が自分の父親を殺してしまったのです。しかしそれは、乱暴を働く父親から母や妹を守る為でした。
リィーナや村人はその若者の助命を乞いました。しかし父親殺しは死罪、それがスカードの法律でもありました。
そこでブルークは罪は罪として死刑を宣告し、直ぐさまナシェルの立太子式を利用して恩赦を出して、若者を助けたのです。
ぶっちゃけ人気取りだったのですが、これは凄い評判になりました。誰もがその処置に感動し、「若者と賢王」という詩を吟遊詩人は謳ったとか。
ブルークはスカードとナシェルの為に命を捨てる覚悟です。そしてリィーナもまたその思いは同じでした。
そういう所もナターシャに似たようです。彼女はいくつもの愛を持っていました。色々な男と付き合って、その全てを本気で愛していたそうです。
思えば、そんな彼女を娼妃として一箇所に縛りつけたことから過ちだったのではないか。決して賢明ではないけど、それは別に悪い事じゃない。
「ナシェルのために……」「兄様のために……」。そうお互いの覚悟を確かめ合い、2人は「魔神王の迷宮」を目指しました。
ブルークはウォートとベルドを邪魔をしないように地下牢に幽閉し、リィーナだけを連れてこの迷宮を攻略したのです!
この迷宮には幾つもの罠と守護者である魔法生物がいました。それをたった1人で突破したのです。ナシェルの父親ですね、やっぱり。
この迷宮は地下10階層によって成り立っています。そして最下層にある広間こそは「魔神王の間」です。ここに魔神王が眠っています。
この広間で目に付くのは中央にある二重円に囲まれた魔法陣と、その奥にある大扉です。魔法陣から魔神王が、扉からその他の魔神が出ます。
儀式の内容は簡単、魔法陣で生贄を捧げればいい。するとその生贄に魔神王は憑依します。そう、魔神王はリィーナに憑依するのです。
リィーナは純白のドレスを着て、青ざめています。ここまで来るのに随分怖い目にあったようですが、兄への愛で乗り越えたのです。
そして死の恐怖すら、彼女は受け入れています。ある意味これは結婚式です、結ばれる筈のない兄と結ばれる為の儀式です。
そしてリィーナは一糸纏わない姿で魔法陣に横たわり、ブルークはリィーナの胸に短剣を突き刺します!
ブルーク「魔神の王よ、降臨せよ!この無垢なる処女の肉体に!!」
これが解放の言葉です。ちなみに下位古代語です。ウォートから接収した「魔神王の書」に記されていた言葉です。
暫くの間はピクリとも動かないので不安になりましたが、直にリィーナは、いや魔神王は起き上がりました。
その時点で雰囲気がどうもリィーナのものではない。瞳が真紅に燃え上がっている、魔性の魅力を醸し出していました。
ブルークの目的は魔神を操る邪悪な王としてナシェルに倒される事で、ナシェルをロードス統一の英雄王にする事です。
それがブルークの考えでした。自ら統一できないのならば、ナシェルがそれを行えるようにあえて悪の親玉を演じるつもりなのです。
ブルーク「血の絆によりて命じる。汝、我に従え!」
魔神王「いかにも、汝は契約者なり。それゆえ、我は自由!!」
ブルークは一気に興奮が冷めました。なんとリィーナはブルークの血を引いていないのです。ナターシャが他の男と作った不義の子でした。
ブルークは悟りました、これが彼女の復讐なのだと。そしてひたすら詫びます、ナシェルに、リィーナに、ナターシャに。
自分が加担するまでもない息子の未来を閉ざし、娘の純情を利用して命を奪い、奔放な女性から自由を奪い………そして今こうなっている。
ブルークは最後の力を振り絞って魔神王に斬りつけます。深く相手の肉体を傷つけますが、血は流れません、まったく効きません。
一応ウォートが贈ってくれた銘のある魔剣なのですがね。恐らくは魔力+2以上はあるでしょう。この魔剣で迷宮を突破したのです。
魔神王が謎の言葉で詠唱すると、後ろの扉が開きました。多分上位古代語なんでしょうけど、ブルークには分からない。
そして魔神王は何処から取り出したのか"魂砕き"ことソウルクラッシュを手にしていました。真っ黒い刀身の大剣です。
魔神王はソウルクラッシュを振るってブルークの首を飛ばします。そして、ブルークの魂は砕けたのです。
これが魔神解放の真相です。魔神王は血の絆ゆえに解放され、それが発端で「魔神戦争」が勃発したのです。
★1〜5
モスには南北に連なるアルボラという山脈があります。又の名を"緑と褐色の山脈"。このアルボラの山中には多数の竜が生息しています。
ロードスの自然は変化に富んでいるせいか、実に色々な竜達が生息しています。その豊かさには大陸の竜司祭が感動を覚える程です。
このアルボラに至ってはまさに竜の楽園です。あの五色の魔竜の1匹、名無しの金鱗の竜王を初め、各種の竜が揃っています。
山上湖には水竜が、火口には火竜が、洞窟には地竜が住んでいます。そして天空を悠々と駆ける風竜もいます。この分だと闇竜もいそうです。
ハイランドを出たナシェルはこのアルボラの山中で竜の心を掴む為に、必死の試みを重ねていました。フレーベも一緒ですよ。
「天空の騎士」で竜騎士になると誓いを立てたナシェルでしたが、現在のところ、竜の心は掴めずにいました。
ジェスターからはアドバイスとして「竜に勝ることだ」と聞いてはいたものの、実際にはそれがどういう意味なのかはさっぱりです。
ジェスター自身もそれ以上アドバイスの仕様がないのです。野性の竜の心を掴むなんて偉業は、ここ数十年成功例がないのですから。
ナシェルも旅立つ前に色々な文献をあたりましたが、生態や種類などの本ばかりで、今回の目的に役立ちそうなのはなかったそうです。
竜は世界の根源に関わる存在です。神々や世界樹と共に生まれた種族です。とにかく謎が多い、当の竜達ですらよく分かってないぐらいです。
一応竜笛だけは持っています。竜騎士は皆この竜笛で竜を呼ぶわけですが、心を掴めない状態で吹けば戦闘になるだけでしょうね。
ナシェルが言うには、成長した竜はあまり人を食わないそうです。ただし一度その味を覚えると歯止めが利かなくなるとか。不思議な習性です。
その理由として、人が神の姿に似てるから、という説があるそうです。そもそも人は神々が自らに似せて創ったのだから当然ですね。
かつて始原の巨人から生まれた竜王と神々ですが、竜王は自らの主として神々を認めていたそうですから、分からなくもない。
現在の竜はそれよりもずっと時代が下ってから生まれた訳ですけど、本能だか何だかに残っているのかもしれない。
ナシェルは色々と竜を観察してみることから始めました。フリークライミングで崖を登り、風竜を観察してみたりもしました。
勿論落ちたら確実に死にますけどね。ベルドに鍛えられたナシェルは、こういった野外活動も十分こなせる身体を持っているのです。
普通の騎士がやらないような、マラソンや登攀や水泳などもしてきたお陰で全身に無駄なく筋肉がついてるそうです。デカスロンに出れそう。
練習の時の登攀では、ウォートがわざわざ"フォーリング・コントロール"をかけてくれてたとか。結構甲斐甲斐しいなウォート。
魔剣を大地に突き刺し、飛ばされないように踏ん張るナシェルの頭上を、風竜が猛スピードでかっ飛んでいく光景はさぞ壮観でしょう。
フレーベの待つ居留地に帰ってきたナシェルは、竜の事をもっと知ろうと鹿肉を生で食べてみました。当然食べられませんがね。
そもそも人はそういう風には生活しませんものね。肉にしても、焼くなり煮るなり料理する事で食べられるようにします。
ナシェルはその場では仕方なく火を通した肉を食べましたが、翌日からは人間の生き方を捨てて竜の生き方を真似ました。
道具を使わずに自らの肉体のみで山菜や兎などを捕まえて生で食います。しかしこれも、腹痛を起こして断念。
これではフレーベの言うように生存術の訓練です。竜の生き方を真似ているだけで、竜そのものになれるわけがない。
あるいは竜司祭の修行、彼らは肉を生で食うのです。ハイランドの祖先はその竜司祭だったといいます。先祖返りを起こしてどうする(笑)
野生の獣は生まれながらに備わっている本能によって生きます。そうすることで狼なり鹿なりは、自らの種族に的確の生き方をしますね。
しかし人間は違う。赤ん坊は放っておいても自活しない。年長者がちゃんと育てて教育してやらないと一人前にはなりません。
そんな人間に、今更野生の獣の生き方は無理なんですよ。いや繰り返せばなんとかなるかもしれないけど、やっぱり竜司祭になるだけ(笑)
そもそもナシェルは魔神を倒す為に、フレーベとの誓いを守る為に、ハイランドの汚名を雪ぐ為にこの試練に挑んだのです。
このまま何もできないままでは、それらの誓いを果たせない。特に自分に付き合ってくれているフレーベに申し訳ない気持ちで一杯です。
今のナシェルが誓いを果たす為には、国境を無視して魔神と戦える竜騎士になるしかない。ナシェルは今一度竜を観察してみる事にします。
今度は10日程をかけて、ひたすらに竜を観察し続けてみました。山頂で汚れるに任せて観察を続けるその姿は最早仙人です。
勉強も鍛錬もせずに1日を過ごすというのは、ナシェルにとっては初めてだったようです。若いのに忙しい毎日を送っていたんですね。
今回ばかりはいつものように理性を働かせずに、ひたすら感性で竜を識ろうとしました。下界の事は考えず。本当に仙人になりそうな勢いです。
観察対象は例の風竜です。風の精霊力の象徴するものは自由。火竜が炎の象徴の破壊と再生を体現するように、風竜もまた自由な竜です。
風竜はあらゆる種類の竜の中で、最も速く空を飛べる竜です。おおよそ時速40キロですね、普通の竜は30キロ。
あの巨体でそんなスピードで空を飛べるなんて、流石に風の精霊力を宿す竜ですね。全力移動で飛べば100mで10秒切る勢いですよ。
風竜は巣穴から猛スピードで飛び立つと、獲物を捕らえては戻ってきます。狩の対象にはグリフォンとかいるのだから、驚きですよね。
竜のような幻獣はあまり食事を必要としない。竜に至っては食事そのものが不要であっても不思議ではありません。
何でも何も食べないと竜は知性を失って凶暴になるそうです。それじゃあ休眠期の竜は起きた瞬間周囲の生態系を破壊しますね(苦笑)
多分それは飼いならされた竜だけじゃないでしょうかね。飼われているからこそ、空腹になると野生を取り戻すだけ。それが傍目に凶暴に見える。
そうして風竜を観察し続けたナシェルは結論を出しました。人間と竜は違う、と。当然のことですが、それを改めて実感したのです。
まず竜は風竜に限らず自由です。そして圧倒的に強い。生まれや育ちなんて関係ないし、何ものにも束縛されません。
それに大して人間は不自由です。竜に比べて弱い。生まれや育ちが大いに影響し、あらゆる制限を受けて生きています。
竜の事を知れば知るほどに、竜に勝るということが、途方もなく困難な事に思えたのです。何故人間なんかが竜の心を掴めるのか?
下山したナシェルはフレーベに、竜がグリフォンを捕食していた事を伝えました。どうもグリフォンはナシェル視点で強い存在らしい。
まぁ人里で見かける事はないでしょうから、伝説化していても不思議はないですけどね。でも6レベルですよ、ミノタウロス程度。
ナシェルは竜に勝るにはグリフォンを越える力が必要だと零していました。そういう意味でなら、それこそ"竜殺し"の力が要ると思いますが。
それに対してはフレーベがナシェルと戦ってやろうとする事で、すぐに誤りに気づきました。竜騎士は竜より強い訳じゃない。
竜に勝るということは、竜を殺す事ではないのです。"竜殺し"の戦士ならばそこまでして竜を欲する必要もないし。
まぁ紆余曲折を経た事で人間は竜になれないという事に気づけましたがね。これがナシェルには大きなヒントになったのです。
そう、人間は竜になれない。では反対はどうか。人間は竜になれないなら、竜だって人間にはなれない。脆弱で不自由な人間にはなれない。
人間になくて竜にあるものは沢山ありました。力とか自由とかね。ではその逆に、竜になくて人間にあるものがあるのではないかと考えたのです。
それこそが答えでした。ナシェルは今度こそ竜の心を掴んだと宣言し、竜笛を吹く事にしたのです。やって来たのはあの風竜です。
万が一間違っていたら戦闘になりますね。フレーベも一緒にいてくれますが、流石にタダでは済みませんよね。
やって来た風竜はとっても怒っていました。どうやら竜笛はその風竜の身体に苦痛をもたらしたらしい。
他の竜騎士が竜を呼ぶ時にも、その竜は一々苦痛を覚えているんでしょうかね?。だとしたら、竜笛は犬笛というか鞭のようなものなのかな。
やって来た風竜は空色の鱗を持っていました。これは風竜の特徴です。あと言葉も喋っていました。これは老竜の証拠です。
ナシェルは遠慮せずに自らの目的を言いました、「おまえの力を借りたい」と。すると風竜は「不遜だぞ!」と大激怒。
ここでブレスでも吐かれようものなら大惨事です。抵抗に失敗しても7振って17点なので、即死はしないでしょうけどね。
ナシェルはそれにも怯まず核心に触れました。「その代わり、おまえに与えられるものがある」と。これには風竜も興味津々。
それこそは名前と目的だったのです。竜は自由、故に不自由。あまりにも自由なので目的を持たないのです。
風竜からは怒りが消えてしまいました。その代わりに喜びに打ち震えるように、名前と目的を聞いてきました。
ナシェルの与えた名前は渦巻く風、目的は異界の住人である魔神を倒す事。それだけを聞いた風竜は歓喜の咆哮を上げました。
彼にとってはこれは大変な喜びだったのですね。圧倒的に強く、天地に等しく寿命のない竜だからこそ、人間の持つものを欲していたのです。
こうしてナシェルは竜の心を掴み、風竜ワールウィンドを駆る"天空の騎士"となったのです。そして物語は本編に繋がります。
★1
このお話はまだナシェルが"栄光の勇者"として百の勇者の将軍に就いていなかった頃、連合騎士団だけが魔神と戦っていた頃のお話です。
「栄光の勇者」の最後の辺り、ベルドやファーンが食客としてナシェルの館へ来ていた頃でもありますね。ラフィニアとの同棲生活も始まってます。
ナシェルはラフィニアに誘われて、ハイランド内に与えられら領地を訪れました。今のナシェルは竜騎士で上級騎士、しかも王女の旦那です。
このように領土を貰うのは当然です。マイセンはラフィニアが嫁いだ時に与えるつもりだった領土をくれたんですね、ロイヤルカップル。
その領土には村があり、現在は近衛騎士のハイゼルという男が領主代行として治めています。ナシェルより幾つか年上、20ぐらいです。
このような王家直轄地は村の代表である村長が徴税を行う事があるし、文官や商人が税吏として派遣される事もあります。
今までは暫定ラフィニアの旦那の土地なので、彼女の近衛騎士をしていたハイゼルが治めているんですね。領民に好かれるよい領主だそうな。
既にナシェルに預けられている見習い騎士のアドルという少年が先触れの使者として村に行っています。叙勲されればナシェルの部下になる筈。
しかしナシェルとしては、魔神との戦いを放棄する気はありません。たかだか千戸ぐらいの村の為に、前線を離れる訳にはいかないのです。
こうしてラフィニアと轡を並べて領地に向かっている時でさえ、連合騎士団と魔神との戦いが気になって仕方がありません。
しかし領主というのは、もし領地に何かがあれば、何をおいても領民を助けないといけません。ウォートもそれは歓迎しないでしょうね。
仕方ないのでナシェルはそのハイゼルという騎士にこれからも領地を任せる気でいます。ラフィニアが信頼しているぐらいだしね。
ラフィニアは結構お転婆なお姫様でして、王女なのに兄王子の真似をして剣を振り回すは、馬に乗るは、市井に出かけるはしてたそうです。
それはもう苦労をかけたのでしょうが、だからこそ自分の近衛騎士を勤めきってくれたハイゼルに対する信頼は厚いでしょうね。
ナシェルには今となっては幻になりつつあるスカードのエールを造る知識があります。領地を富ませる事ぐらい容易い。
しかしそんな日は来ないと、ナシェルは思っていたりもします。魔神との戦いの後の、大きな揺り返しがある事を察しているからです。
ロードス統一の戦、それを何となく察してもいます。そして自分自身がその中心にいる気もしている。流石はナシェル、慧眼です。
ナシェルはそんな自分を「邪念だぞ」と戒めます。魔神との戦いが終わった後に考えればいい、今はラフィニアと一緒に領地に顔を出すだけ。
★2〜3
しかし村についてみると、どうも村人の様子がおかしい。ナシェルはラフィニアに言われたとおりに笑顔を浮かべますが、反応が薄い。
気がなさそうに会釈したりするだけで、歓迎ムードは欠片もありません。こういう経験のないラフィニアには、それは結構ショックな事でした。
歓迎されていないのはラフィニアではなくナシェルです。やはりスカードの王子としての過去が付き纏っているのですね。
村人たちとてナシェルが今や竜騎士である事は知っています。竜騎士である事は、ハイランドにおいては最高の誉れなのです。
では何故村人がナシェルを歓迎しないかというと、魔神の襲撃があったからです。その魔神はハイゼルが倒したそうですけどね。
しかしその魔神は今わの際にナシェルを裏切り者と言い、ナシェルが領主である限り村を狙い続けるという呪いの言葉を残したのです。
それじゃあ村人が怖がるのも無理はありません。いくら王様直々の采配であろうとも、身の危険が付き纏うのならば怖いでしょうね。
ナシェルをピンポイントで狙ってきたというのは前例にないことですが、例にないだけで全くあり得ないかと言うとそうでもなく。
2人を恭しく迎えたハイゼルですら、ナシェルに領地の返上をお願いしてきます。これにはラフィニアが更に大きなショックを受けました。
それは領地を治める能力がないと宣伝するようなもの。信頼する騎士にそんな事を言われたのです、彼女がショックを受けるのも無理ない。
ナシェルはやはり小さな村の為に拘束されるわけにはいかないので、無能と謗られようとも返上した方がマシだと思ってますがね。
その日は2人は領主の館に泊まりますが、やはりラフィニアは涙を浮かべてナシェルに抱きついてきます。悔しかったんですね。
でも抱き合ってると次第に落ち着いてくるのだから、恋というのは偉大ですね。本当に可愛すぎます、このカップル(笑)
もし魔神がラフィニアを狙ってきたら、きっとナシェルは今までにないほど辛い思いをするでしょう。下手したら刺し違えます。
ナシェルはもうスカードに帰還する気はない、彼が帰還する場所はきっとラフィニアの所です。魔神を倒すのは、その為でもあるのかも。
★4〜8
ナシェルは無駄な時間を使いたくないので、発破をかけました。村人一同を宿に集めて、領地を返上する気はないと宣言したのです。
ナシェル「わたしはマイセン王に命じられて、この村の領主となった。おまえたちが何と言おうと、わたしはこの地位を捨てるつもりはない。
王命に従えぬという者は、ハイランドに対する反逆者と見なす。厳しく罰するから、そう心得よ!」
ラフィニア「あなたたちには失望いたしました。ハイランドの王女として、この日のことをわたしは生涯、忘れません」
そんな感じで2人は反論も許さずさっさと退場します。結構役者だなラフィニア、なかなか堂に入った芝居をするじゃないですか(苦笑)
村人は激しく議論を戦わせます。結論を言うと、従って魔神のターゲットとなるか、従わずに反逆者となるか。ある意味究極の選択でしょうね。
しかし中には選択肢がそれだけではない人もいたりするのです。そして魔神が動き出したりもするのです。ナシェルの発破は上手く働きました。
村人は心底ハイゼルを信頼しています。妖魔や魔神から自分達を救ってくれた、いずれは王女と結婚する領主様。そういう認識です。
ハイゼル自身も自分の仕える相手はマイセンでなくラフィニアだと心に誓っています。それはきっと、ただの主従関係ではなく。
村人の議論は長く長く続きますが、ハイゼルは自分は騎士だから王命に従うというだけです。きっと答えの出ない議論でしょうね。
しばらくすると、見習い騎士のアドル君が魔神が現れたと報告してきます。現場に行ってみると、以前現れたのと同じ魔神だそうです。
その魔神をナシェルは知っていました。その恐るべき能力も知っていました。だからナシェルは全てを悟りました。今回の事件の真相を。
ナシェルがハイゼルに加勢しようとすると、ハイゼルは一刀で魔神の首を刎ねます。村人の間からも歓声などが上がったりもします。
すると村人達はナシェルに帰れコールなどをしてきます。自分達の領主様はあくまでもハイゼルだとね。民衆は残酷なまでに正直ですね。
ナシェルは翌日に答えを出すとして村人を解散させます。ハイゼルには領主として参加を求めました。これは村人のお気に召したらしい。
その夜、ラフィニアはハイゼルと対話しました。ハイゼルはラフィニアにナシェルとの婚約を解消するように懇願してきました。
そうしないと魔神に狙われるからという理由でしたが、何故魔神殺しが魔神を恐れるのだと問い返されると、魔神と戦ったからこそだと苦渋の様子。
しかしラフィニアはナシェルと添い遂げるつもりです。魔神を滅ぼすナシェルの妻なのだから、絶対に逃げない恐れないと決意しています。
ラフィニア「昔のあなたはとても頼もしくて、わたしはどこへでも安心して行くことができた。でも、あなたは変わってしまったのね……」
そう言ってラフィニアはハイゼルの前から姿を消しました。そんなラフィニアを、ハイゼルは止める事は出来ませんでした。
ハイゼル「すべては領民のためなのです。そしてラフィニア様の……」
この彼の言葉には偽りはありません。確かに彼はそう考えている。しかしそれが、彼を追い詰めることになっていたのです。
ナシェルの所へ帰ってきたラフィニアは、ただただ涙するだけでした。全てを知ってしまったから、もう昔には戻れないと知ったから。
★7〜8
あの時現れた魔神は8レベル下位魔神ガランザンという魔神です。またの名を魂の魔神。下位魔神の中ではある意味、最も恐るべき魔神です。
その姿はさながら死神です。顔はドクロ、片腕は鎌になっていて、蝙蝠のような羽を生やしてる。下位魔神の中では最高レベルですね。
また12レベル上位魔神ザワンゼンという上位種もいます。ガランザンをそのまま大きくしたような、上位魔神の中でも最高レベルの魔神です。
こちらは「デーモン・アゲイン」にて大陸最高の銭力を持つバブリー・アドベンチャラーズと戦いました。時間稼ぎにしかならなかったけど(笑)
魔法などは使えない代わりに、魂の契約という能力があります。他者の肉体に自分の魂を封印し、例え倒されても24時間後に復活します。
宿主は操られたりはしませんが、契約時に様々な甘い言葉で誘惑してきます。これを承諾すると抵抗の余地なく寄生されます。
承諾しなくても、目標値15の精神抵抗にレベル回数失敗すると寄生されます。例えば7レベルのナシェルなら7回失敗するとアウト。
ガランザンが生き返る度に、宿主は精神力を1点永久に失う。だから無限に蘇ってくる事はないはずです。新しい器を探すだけでしょうが。
こいつを倒すには、宿主の精神力を0にするか殺すかして燻り出し、他の宿主を獲得する前に倒してしまう事です。つまり般ピーがいると邪魔。
おそらくハイゼルは、ガランザンが現れた時に必死になって戦った。でも勝てないと悟った、村人や姫を殺すと脅迫された。
結果彼はガランザンの宿主となる事で大切なものを守ろうとした。力がないというのは、時に人を思いやる真心を踏みにじるのですね。
なお、ガランザンの甘言は全て出任せです。約束なんて守っちゃくれません。まぁ今回のように一芝居打つ事はあるかもしれませんけどね。
これが本当の"願いの魔神"なら、まだ使い道があるんですけどね。いやそれでも魔神に魂を売るなんて、ロクな結果にならないでしょうが。
ハイゼルを殺さずにガランザンを追い出す方法はありますけど、精神力を直で削る術を持たないナシェルではそれは出来ないでしょうね。
仮に生かしたとしても、裁きにかけられたら死罪は免れない。それならばと、ナシェルはハイゼルの首を一刀で刎ねる。何かデジャビュ。
ナシェルはマイセンへは、ハイゼルは魔神と戦って戦死したと報告するつもりです。彼の名誉を守る為にあえてそうしたのです。
するとその血溜りからガランザンが姿を現したのです。カラー挿絵にあるシーンですね、ハイゼルらしき遺体が倒れてますし。
そしてナシェルは村人が見ている前でガランザンと戦うのですが、村人を避難させないと新しい器にされますよね。
そういうリスクがあるからこそ、バブリーズは密室でザワンザンをぶっ殺したのです。レベル0な村人では抵抗できないし。
ガランザンの攻撃手段は右手の鎌のみ。牙も爪も尻尾もないし、毒や魔法も使えない。その分鎌の一撃はかなり強力ですけどね。
ナシェルの攻撃力を11(魔力+1の魔剣装備済み)、回避力を9(金属鎧)とします。ガランザンの攻撃点は14(7)、回避点は15(8)です。
ナシェルの攻撃が命中する確率は83.3%。魔剣の必要筋力が18だとすると、7振って16点。4点削れるから、約7発で倒せる。
そして回避できる確率は75.6%。ナシェルが金属鎧を着ていれば防御力23、7振って13点。5点抜けるから、約4発で倒れる。
魂の契約を迫ってきても精神抵抗は13(アイテム込み)なので1ゾロ以外は抵抗できますね。252回ほどで寄生されるでしょうが(笑)
流石に鎌の威力は凄いですが、この程度の命中率ならナシェルが勝てそうですね。長期戦になるでしょうが、勝算は十分ある。
それでもやはり苦しい戦いだったのか、ワールウィンドの援護もあって辛勝。少なからず傷も負ったので、ラフィニアが心配そうでした。
ところで、本編ではガランザンが魔法を使ったそうですが、そういうガランザンもいたんですね。データはあくまでも平均なのでね。
ていうかワールウィンドがいればオートで戦わせておいても楽勝だったでしょうね。1ラウンドで倒せるぐらいの実力差ですし。
しかし村人達の顔は不安そうでした。自分達が信じていたハイゼルは魔神に寄生されていたし、その魔神とハイゼルをナシェルは倒したのです。
ナシェルは魔神と同じか……村人にとっては恐怖の対象が変わっただけなのかもしれません。民衆は残酷なまでに正直、そういう事です。
ナシェルがどんなに誠意を尽くしても、どんなに彼らを思いやっても、彼らはきっとナシェルを恐れる。"魔神殺し"は魔神以上の脅威なのです。
そしてナシェルとラフィニアは村を出ました。後の事はアドル君に任せて。村人達の気持ちを思えば、それが一番でした。
結局あの村はナシェルの安住の地にはなり得なかった。もしかしたら、ナシェルを受け入れられる土地なんてないのかもしれない。
それならば、自分がナシェルの帰還する場所になろう、とラフィニアは思ったのです。その覚悟は、近い将来図らずも実現します。
★〜竜の心
「竜の心」と「魂の魔神」は、この「竜の心、魂の魔神」という中篇に収まっている2本の短編という、他の水野作品に見られないものでした。
そして短編と短編の繋ぎを果たすのが、あのラフィニアだったりします。時間的には「伝説の英雄」のずっと後、魔神王を倒した後です。
あの日あの晩、ラフィニアはナシェルの帰還を待つ事を誓いました。そして彼女はそれを実行しました。現在彼女はとある所に住んでいます。
そのとある所とは、実はファーンの領地だったりします。ファーンの事です、彼女の安住の地として自分の領土はどうかと提案したんでしょう。
ファーンの領土というと、多分以前話にあったロイド近くの大きな荘園でしょう。小さな小屋を借りて、人知れず住むには十分な広さです。
軍用馬を飼育する広大な放牧地の片隅に、彼女の家があります。小さな丘の上の小さな小屋、ナシェルを待つにはいい所かもしれませんね。
そしてラフィニアの面倒を見てくれるのが薬草師のタトゥスです。多分同居してる訳ではないと思いますが、きっと色々助けてくれてます。
彼は優れた薬草師ですし、彼の知識を継ぐ者も後にロードスに出てきます。きっと今も薬草師として人々を救っているんでしょうね。
タトゥスは初期から登場して、今となってはナシェルのスカード時代からの唯一人の知り合いです。こういう形で仕えてくれてるのは、正直嬉しい。
ラフィニアは1人で住んでいる訳ではありません。その腕の中には、赤ん坊が抱かれていました。当然ナシェルとの間にできた子供です。
金髪碧眼の子です。ハイランド王家の血の証で、ナシェルとラフィニアの血を引く証でもあります。きっと美形に育つでしょう。
あの夜に初めて結ばれた2人ですが、その時にこの子を授かったのです。ナシェルを待つラフィニアにとっては、何よりもの贈りものです。
名前は分かりません。生年は、恐らくは475年。実はリュッセン解放の頃には474年でした。あの晩は冬も近かったので、翌年出産でしょう。
すると英雄戦争が始まった時で35歳、立派に成人していますね。「新ロードス」に出てきたラーフェンは、彼の血を引いてると思われます。
予断ですが、ラフィニアの子供ということは、その兄のジェスターの子供である後のハイランド王レドリックの従兄弟でもあるのですね。
ラフィニアは赤子を抱いて回想を始めます。初めてナシェルに会ったあの夜の宴では、実は彼女はナシェルに皮肉を言うつもりでした。
魔神に怯えて母国を売った臆病な従兄弟、そんな認識だったそうです。誰もがナシェルの事をよく思ってなかった、彼女もそうでした。
しかしナシェルはその風評を否定せず弁解せず、物静かな態度で応じたのです。それから、聡明で誠実で美しいナシェルに夢中になりました。
紆余曲折を経て、彼女はナシェルとの繋がりができ、最後には真実の愛にまで至りました。その証がこの赤子ですね。
やがてラフィニアの回想は、ナシェルが野生の竜の心を掴んだ所にまで至ります。「竜の心」の物語の始まりです。
★竜の心〜魂の魔神
ナシェルがワールウィンドと共にハイランドに帰還した時、ナシェルは乞食同然の身なりでした。2ヶ月ほど汚れるに任せてましたからね。
しかしナシェルには不思議と威厳と誇りがありました。そんな状態のナシェルを見てラフィニアは、彼が好きなのだと認識したのです。
ラフィニアが惹かれていたのは、決して見た目だけではなかったんですね。そして彼女は意を決してナシェルに思いを告げたのです。
その時のラフィニアにはハーケーンの皇太孫との縁談がありましたからね。強引にでも動かないと、ナシェルと結ばれる事はなかったのです。
彼女は思い切ってナシェルと一緒にマイセンにお願いしたのです。マイセンはそれを受け入れ、妹姫のアーナの方に縁談を回したのです。
それで2人は晴れてマイセン公認の婚約者になったのです。2人には離宮が与えられました。それもマイセンの親心ですね。
そしてその館に、(作中の)現在では六英雄と呼ばれるベルドやファーン、それにフラウスなどが食客として集まってきたのです。
とても短い時でした。しかし黄金の日々でした。今では考えられないメンバーで、毎日寝食を共にしていたのです。彼らは確かに、そこにいた。
そんなある日、ラフィニアはナシェルと2人っきりになろうと、領地の巡察に誘いました。「魂の魔神」の物語の始まりです。
★魂の魔神〜
ラフィニアの回想は終わりました。彼女は毎日、そう毎日です。天空の彼方、伝説の彼方に去ったナシェルを待って、こうして子供と過ごすんでしょう。
丘の上に立ち、天空の彼方を見つめ、ナシェルが帰ってくる日を待っています。今日帰ってこなければ明日、明日ダメなら明後日と。
堪らなく切なくなります。早く彼女の待つ日々が終わらないかと心から思いますが、それにはナシェルを信じるしかありません。
今日もそんな1日が終わろうとしています。真っ赤な夕日が沈もうとしています。「明日、また来ようね」と子供に語りかけ、彼女は帰る……。
しかし今日は違った。懐かしい声が風に乗ってやって来ました。待ちわびた人が遠くから歩いてきました。
"亡国の王子"、"天空の騎士"、"栄光の勇者"、"伝説の英雄"、"魔神王"。彼を飾る言葉は沢山あります。紛れもなくそれは彼の軌跡。
しかし……
ラフィニア「お帰りなさい、ナシェル」
しかし今は"永遠の帰還者"と呼ぼうではありませんか。