「ロードス島伝説5 至高神の聖女」著:水野良 出版社:角川書店
★1
かつて魔神戦争の中心にあり続け、勇者隊を指揮し、戦後のロードス統一を夢見させたナシェルは伝説の彼方に去ってしまいました。
彼の非凡な才能は、多くの人の野心や夢を引き寄せ、ロードス統一の夢を見させました。しかしそれが、"灰色の魔女"をも呼び寄せたのです。
人は英雄に惹かれ、英雄同士は惹かれあう。結果として、裁かれたのは彼一人でした。彼は全てを失い、歴史の表舞台から退場しました。
マイセンは勇者隊と連合騎士団を前にして、魔神解放の真相を声の限り演説していました。全てはナシェルとブルークの共謀だったと。
これはナシェルが望んでいた情報操作です。ナシェルという魔神戦争の中心人物が、実は全ての黒幕だったのだと公式に認める為の演説です。
そうして彼は魔神と戦う人々の希望の象徴から、怒りと憎悪の象徴へとなりました。そうする事で、人々の心を魔神壊滅に向けさせたのです。
ナシェルがそうなった責任はマイセン自身にもある。しかし全ての罪をそのナシェルに背負わせねばならないマイセンは、辛いでしょうね。
その後ろで、勇者隊の新たな将軍となったハイランドの双子の王子、フロイとリーゼンはこっそりと話をしていました。誰も彼らを見ちゃいないし。
ナシェルという戦後の希望を失った以上、彼らにはもう大きな希望は残されていません。それでも魔神は倒さねばならないのです。
そうして魔神を倒したとして、唯一勝利を得られるのはカーラです。ブルークやウォートやマイセンの野心を潰えさせた代わりにね。
しかも魔神王を倒すのには、そのカーラ(仮面の魔法戦士)の力が必要なのだから、本当に心中は複雑なのです。忌々しい限りです。
フロイ「魔神との戦いで、罪を背負っている人間はいくらだっている。スカード王ブルークはその筆頭だし、父上だってそうだ。
僕たちだって、完全に無実とは言えない。ナシェルがこの島を統一していたら、国のひとつぐらいもらおうと思っていたからね。
あいつと出会って、野心を抱いた者は一人残らず有罪だよ。だけど、裁かれたのは、あいつ一人だ。
あいつだけは何の野心も抱いていなかったというのに」
フロイが上手くまとめてくれたので、分かりやすい。勝手に期待をかけられて呼んだ事態なのに、その負債を背負ったのはナシェル一人でした。
しかし彼は自分をただ犠牲にした訳ではない。ロードス全体の事を考えながら、なお自分自身の願いを叶える為に死地に赴いたのだから。
あの追い詰められた状況で、あれだけの判断が出来たのだから、やはりナシェルの王の資質は並外れていましたね。カーラ自身が認めるぐらい。
ナシェルが苦労してまとめた勇者隊ですが、双子は勇者隊を二分する事にしました。フロイ隊とリーゼン隊ですね。彼らが"栄光の勇者"なのです。
補佐役として、フロイにはファーン、フレーベ、ニースが。リーゼンにはベルド、ウォート、フラウスがついてくれる事になりました。
そして連合騎士団はジェスター、アロンド、バーランの三将軍がまとめます。これからの戦いは、この五軍団の体制で行うのです。
現在地は解放間もないマスケトです。最初の目標は、このまま南下してスカードです。このままだと領民の命が危ないでしょうしね。
魔神王だって、ニースがマーファを降ろした時の影響で弱っている筈です。とにかく一刻も早く進軍を始めないといけないのですね。
しかしこの戦いの犠牲はどれだけ出る事やら。魔神たちが待ち受ける領域へ正面から突っ込む訳ですし、何割かは確実に戦死しますね。
生き残ったとしたら、その後の勇者隊の人々の身の振り方も問題です。勇者の肩書きを持った人間は、何人もいると色々都合が悪い。
戦場に立つ覚悟ができ、なおかつ名誉ある立場にいた人が、全ての栄光を捨てて昔のような庶民に戻れるかと言うと疑問です。
しかし帰れる故郷がある人はまだいい。双子なんて帰る故郷がありません。帰って英雄になったらジェスターの権威を傷つけるだけです。
フロイ「魔神との戦いが終わって、もしもまだ命があったら……」
リーゼン「アレクラスト大陸にでも渡ってみる?」
それはいい。陽気な彼らには気ままな冒険者の方が向いてます。もう利用したりされたりといった、政治の世界はこりごりでしょう。
アレクラストには冒険が渦巻いています。多くの冒険の機会がゴロゴロしています。この双子ならきっと自力で道を切り開けるでしょう。
その時はきっと誰にも告げずにコッソリと、ですね。表向き戦死した形になるように、上手く立ち回るのです。この双子ならそれぐらい出来そう。
★2
その夜、マスケトの街は驚くほど静かでした。決戦の前だからこそ、バカ騒ぎをせずに静かに過ごしたいのでしょうね。
フラウスはベルドと2人で過ごしていました。ナシェルを失ったのに、ベルドは驚くほど静かです。怒りも悲しみも見せずに。
ベルドはナシェルをある意味では一番信頼していました。自分という魔剣を振るえる唯一の人物、そう思っていた節もありますしね。
その本心は本当に窺い知れません。いくら探ろうとしても、底が全く見えない。その闇が彼の英雄性なのかもしれませんけどね。
フラウスは、ナシェルが逝ってしまった事が心の底から悲しいです。しかしそれで彼女の未来予想図が変わった訳でもありません。
ナシェルにも統一王の資質を確かに感じましたが、それでもやはりベルドならば魔神王を倒してロードスを統一できると考えています。
その為に力を尽くすのが彼女の信仰です。既に彼女は教団や王宮の意思とは無縁で活動しています。ただひたすらに神託にのみ従ってる。
それと同時にベルドを愛している。聖職者であるものの、同時に女でもある。彼女は自分を清純だなんて思ってはいませんしね。
自分の身体が男を惹きつける事を知っているし、ベルドにその美しさを賞賛してもらえば、素直に喜ぶ事が出来ます。
愛と信仰を無理なく両立する。今のフラウスは他の誰にも真似できないほど生きている。彼女は神の子ではなく、精一杯生きる人の子です。
それでも彼女は神聖魔法の力を失わない。ファリスの加護篤き神官戦士として今も戦っている。世界中でもそういない、素晴らしいファリス信者です。
フラウスが思考している時、横で寝ていたベルドは急に覚醒しました。彼はその状態から全力で動ける。まるで野生の獣のような男ですね(苦笑)
ベルド「魔神王に勝つには、あの漆黒の剣を奪うしかない……」
あの剣("魂砕き")がどういうものかは、まだウォートとカーラが調べていますが、ベルドはそれしかないと考えています。実際その通りです。
ベルド「オレが奪ってみせる。命に代えても、な」
フラウス「あなたらしくない言葉だわ。自己犠牲なんか考えたこともないでしょう。ましてや、負けることを想定するなんて……」
ベルド「オレは負けたくないと思ったことなど一度もないよ。勝ちたいと思ったことさえないかもしれん。
オレはただ命がある限り戦い続けるだけだ。これまでも、そしてこれからも……」
自分自身が魔剣、ベルド自身がそう思う時もあるらしい。これだけベルドが饒舌になるのは、やはり隣にいるのがフラウスだからか。
ベルド「オレは戦って勝利することで、自分の強さを確かめてきた。それがオレという人間のすべてだと思えたからな。
だが、そのためにはより強い敵が、どこまでも必要になる。もしも魔神王を倒して命があったとして、オレはいったい誰と戦えばいい?」
この分だと、仮に神や天使やらが降臨したとして、それが強ければ剣を向けるでしょうね。神も魔神も、彼にとっては自分の物差しです。
ベルド「それこそ邪神でも復活しないかぎり、魔神王との戦いが、オレにとって最後の戦いになるだろう」
フラウス「あなたにとって、意味のある戦いということ?」
ベルド「さすが、オレの女だな」
来ましたベルド節。「オレの女」か……一言なのに異常にカッコイイです。漫画では魔神王戦で剣を奪ったフラウスに言ってましたね。
意味のある戦いは終わる。それでもベルドは戦い続ける、それこそ死ぬまで。意味がないと分かっていても、それ以外の生き方が出来ない。
フラウス「わたしに、どうしろと?」
ベルド「それを、おまえに考えさせてやると言っているんだ」
……それってつまり、フラウスの神託に従うってことですか。ロードスの統一王にでもなんでもなってやると、そういう意味ですか。
フラウス「ロードスを統一する王になってくれて?」
ベルド「オレにナシェルの代わりになれというのか?」
フラウス「そうは思っていない。あなたは彼になれないし、彼もまたあなたにはなれないのだから……」
ベルド「つまらん答えだな」
ベルドはロードスの統一には興味ないでしょう。でもフラウスがそれを望むなら、ナシェルのやる筈だった事でも、やるんでしょうね。
彼が本当に望む事は、多分そんな事じゃない。では何かと言うと、それは彼自身にも分からない。今までは戦う事でそれを鎮めてきましたが。
内なる魂の炎が求めるものは、彼自身にも分からない。今までは酒と女と戦をその捌け口としてきました。それ以外に方法がなかった。
それをナシェルが自分に与えてくれるという希望があったとしたら、それを絶たれた事で、フラウスにナシェルの代わりを求めているのかも。
戦後の絶望的な人生を憂いてフラウスを求めたのだとしても、フラウスはそれでも十分嬉しいようです。信仰と愛が同時に叶ったのですから。
ベルドはロードスを統一する事で救う英雄である、それがフラウスの絶対的な信念です。神託の解釈の仕方と言ってもいい。
しかし彼女はそれが誤りであったという風に考えを変えます。真実は違ったのだと。それが分かったのは、最期の時でした……。
★3〜4
いよいよスカード攻めを開始しました。先遣隊はアロンド隊、続いて勇者隊×2、真ん中はマイセンとジェスターの本隊で、殿はバーラン隊。
アロンドは一応スカード伯。つまり領土奪還の大義名分があるので、先遣を勤めるのは当然ですね。彼が領内の魔物を退治するのです。
その間に勇者隊は魔神の巣窟であろうグレイン・ホールド城を包囲します。本体は続いて参戦し、バーラン隊は後方支援に留まります。
まずアロンド隊の方ですが、彼らは領内をくまなく探索しました。スカードの領民たちはいました、全員ゾンビになっていましたが。
しかも彼らは生前の生活を営んでいました。畑仕事をしたり、家事をしたり。しかし彼らは既にこの世の住人ではありません。
この辺は一度殺して古代語魔法の"クリエイト・アンデッド"や、暗黒魔法の"クリエイト・ゾンビ"を使えば作成可能です。
ナシェルがいなくて良かったと、この時だけは思えました。こんな光景見せられない。かつての質素ながら幸福な光景は何処へ行ったのか。
不死生物が蠢く魔界の都です。魔神王なりのジョークかなんかなのかもしれませんね。もし魔神が勝ったら、ロードス全土がこうなる。
「わたしは一人の領民もいない領主となるのだな……」というアロンドのつぶやきが、この悲惨な光景を更に際立たせます。
勇者隊の方はというと、ウォートが魔術を尽くして城内の様子を調べていました。こちらもやはりアンデッド尽くしです。魔神の姿はない。
"フライト"、"ビジョン"、"シースルー"。つまり飛行、遠視、透視などを駆使したのですね。それならまるっとお見通しでしょうね。
まず"ビジョン"と"シースルー"の重ねがけです。これならかなりの範囲を透視できます。プライベートなんてあったもんじゃないコンボです。
"フライト"を使えば更に色々な座標から透視できます。高レベル魔術師なら、その辺の密偵よりも遥かに楽に安全に偵察ができるのです。
ちなみに敵はアンデッド・ナイト(8レベル)、ワイト(4レベル)、プアウ・ゾンビ(レベルは生前による)といった辺りです。
プアウ・ゾンビは生前の能力を多く残している高度なゾンビです。古代語魔法の"クリエイト・プアウ・ゾンビ"で創れますね。
魔法は使えないけど、ファイター技能とかは使えるので、兵士や騎士を素材にすればゾンビとは比べ物にならない戦力になります。
《通常武器無効》ではないので、勇者隊の戦士たちならば普通に戦って遅れを取るような相手でもありませんけど、知性があるのは怖いです。
ワイトは精神力奪取によって仲間を増やすアンデッドです。周りを覆っている黄色い光が本体であると言われていますね。
ワイトはワイトによって創られますが、同時にアンデッド・ナイトによる精神力奪取によっても作られます。それはもう鼠算式に。
精神力奪取は7点ほどきますが、クリティカったらもっといく。そういえば大陸で村人の殆どがワイトになるという事件もありましたっけ。
しかも《通常武器無効》なので、魔剣や銀の武器や魔法しか効きません。こいつらを大勢敵に回すのは、流石に危険ですよね。
アンデッド・ナイトは文字通りの亡霊騎士です。赤錆の浮いた甲冑と大剣を持つ屈強の騎士、8レベルというのがヤバ過ぎます。
こいつは攻撃命中と視線の2つの手段で精神力奪取を行えます。追加ダメージだけで8点、計11点ほどくるので、ワイトよりも更に危険です。
精神力を奪いつくされたら24時間後にワイトになります。某無敵の"ファリスの鉄騎兵"が一撃で殺されたのはあまりにも衝撃的でした。
正直こいつに普通の戦士を何人もぶつけたとしても、ワイトを増やすだけ。カノンの自由騎士クラスの強者でないと相手になりません。
双子はそうならないように死者の鎮魂を聖職者連に頼んでましたが、それなら呪歌の"レクイエム"を歌って貰った方が楽ですよ。
あれさえ歌えば、ワイトやレッサー・バンパイアになるのを防ぐ事も出来るのです。人間には害がないから、とても役に立つ呪歌です。
ウォート「この世界に永遠に留まりたいと思うなら、試す価値はあるかもしれないね」
流石ウォート、渾身の皮肉ギャグです。ナシェルが逝ったことで、彼はまた心を閉ざしてしまいました。もうニースの言葉も届かない。
魔術の恐ろしさを人々に知らせる、それがウォートが自らに課した使命です。ナシェルはそんな事望んではいなかったのにね。
ちなみに、アンデッド・ナイトはどう創るのかというと、謎です。魔神が魔法で創ったとしたら、その魔法は遺失魔法でしょうね。
"サモン・アンデッド"で召喚するのも不可です。この魔法は7レベル以下のアンデッドにしか通用しないのです。その上位魔法とかあるのかな?
一説には志半ばで倒れたファリスの聖戦士の成れの果て。あるいはカストゥール王国が創った不死の番人です。どちらが真実なのかも謎。
後者も真実なら前述の、城内の亡霊騎士は魔神が魔法で創った、という説が現実味を増します。あるいは自然発生するのかもしれませんね。
城内の掃討戦は勇者隊と連合騎士団に任せて、双子といつもの6人は玉座の間を目指します。もし魔神王がいたら、戦うのは彼らの役目です。
戦いはウォートの"ディスインテグレート"で始まりました。ウォートはこれで城門を消滅させました。これには騎士達も息を呑みました。
城というのは騎士にとっては心の拠り所、権力の象徴です。それすらも魔術の前には無力だと知らしめたのですね。一体何倍に拡大したのか。
大陸ではマナ・ライが魔術師が一般に受け入れられるよう努力してるのに、ウォートはその逆ですね。同じ超10レベル魔術師なのに。
戦いの中、ベルド、ファーン、フラウス、ウォート、フレーベ、ニース、フロイ、リーゼンはあの悲劇の舞台(玉座の間)に向かいました。
ここでナシェルは魔神王の"魂砕き"を受けて、致命傷を負ったんでしたよね。そしてワールウィンドと共に天空の彼方に去っていった。
ウォートはまだ自嘲しています。見限られた、浅はかな野心を嘲笑われたとね。ナシェルはそんな男ではありませんけどね。
実はニースはウォートに告白したのです。一緒にターバに来て欲しいと。でもフられたらしい。それほどにウォートの心の傷は深い。
ニースのような誰もが羨む女性と心が通じたのに、それを捨ててでも自分を罰せずにはいられない。それは彼の善意から来ていることです。
玉座の間に来ると、そこにはブルーク、リィーナ、ナシェルがいました。勿論本人ではありません、魔神王の置き土産の幻覚です。
どうやら玉座の裏にそれを操る下位魔神がいるようですね。こんな事したら生きて帰れないのに、よくこんな事しますね。特攻魔神ですか。
ベルドはさっさと肉塊にしてやろうとしますが、ウォートは置き土産を聞きたいのでそれを阻みます。内心怒りで煮えくり返ってますが。
そしてブルーク、リィーナ、ナシェルの順で魔神解放の真相と最近の出来事が語られます。それは彼らをこの上なく侮辱する内容でした。
ナシェル(偽)「無能で愚かなわたしには、魔神を滅ぼすとの誓いを果たすことができませんでした。
かくなるうえは、あなたがたに我が誓いを託すしかありません。
魔神王は魔神の迷宮の最深部で、あなたがたが来るのを待っております。そこまで、辿り着ければですが」
その言葉が終わった時には、ベルドは玉座の裏に回りこみ、下位魔神を肉塊に変えました。流石に怒りを感じましたよ。
あまりの内容にファーンですら騎士にあるまじき言動に走りそうですが、堪えます。こんな時でも紳士的、流石はファーン。
魔神達が立て篭もっているのは、石の王国と魔神王の迷宮でしょう。随分と倒しましたが、まだ百や千は生き残っている筈。
どちらも地中で闇に閉ざされています。地の利は敵にあり、攻め込むのは非常に危険ですが、それでも行かないといけないんでしょうね。
幸いスカードはもう不死生物を殲滅し、解放できました。やっぱり被害は大きかったんですが、勝てればいいんです。
その時仮面の魔法戦士が現れ、漆黒の剣("魂砕き")は魔神王を倒す為に作られた魔剣である事が判明したと報告を受けました。
何でそれを魔神王が持っているのかとっても謎ですけどね。対魔神王用の魔剣なら、もう少し別の保管方法はなかったのか?
ベルド「剣で斬ることができる相手ならな……戦いになるということだ」
フラウス「ええ、そのとおりよ」
ベルドが凄い嬉しそうです。自分の最後の戦いの土台が整ったからでしょうか。不敵な笑みを浮かべています。
こうしてスカードは解放されました。残る魔神の拠点はあと2つ、石の王国と魔神王の迷宮です。次の戦場はフレーベの決着の場です。
★1〜3
スカードは解放され、アンデッドにされた領民達は荼毘に伏して供養しました。次の目標は石の王国、魔神に滅ぼされた最初の国です。
石の王国といえば、ロードス全土に支道が広がるドワーフの大隋道です。そこは複雑な上に暗闇に閉ざされた、魔神達に地の利がある場所です。
大隧道に潜んでいるであろう魔神達を駆逐しようとすれば、多くの犠牲が出るでしょう。しかしアロンドはこれを行う事を頑なに主張しました。
彼にとっては自分の領地の目と鼻の先に、そんな危険な場所を残して置く訳にはいかないのです。竜の盟約がある以上、諸国も反対できません。
ウォートとしては、大軍で本道を突破し、さっさと魔神王の迷宮に行きたいようです。しかし強硬に反対する意思もありません。
大隧道はロードス全土に広がっているのだから、そこに魔神を放置する事は確かに危険ですしね。反対できないし、する必要もない。
既にウォートの目的は魔神王を倒す事だけ。連合騎士団なんて当てにしてないし、どれだけ被害が出ようが構いはしないのです。
本当に心を閉ざしてるんですね。ニースのお陰であんなにも心を開いたのに。ナシェルはこういうのを避けたいから、ああいう風に言った筈なのに。
フラウスは魔神王を倒せると決まった訳ではないのに、皆が戦後を睨んでばかりいるのが不満のようです。倒せなかったらそれまでなのにね。
それまでだからこそ、話す意味がないのかな。そう言うフラウスだって、倒せるという前提でベルドを英雄王にしたがってますけどね。
そんなフラウスの思考を普通に読んでるニースは、やはり只者ではないと改めて思いました。顔に出ているだけでそこまで読めるかな(笑)
彼女は間違いなく次期マーファ教団最高司祭、政治的な思考ができるはずです。それでもできないと猫を被ってるのがまた可愛い(ヲイ)
それでも先の事を考えている人はやはりいます。魔神王が倒せるかどうかはともかく、立場上そうせざるをえない人は確かにいるんですよね。
まずは双子の王子、フロイとリーゼンです。彼らはナシェルに託された勇者隊の人達の今後を懸念しています。
その存在を無視できず、尚且つその役目を終えようとしている。そんな彼らを戦後どうするか。ロードス統一の夢が潰えた今、問題です。
大隧道の支道潰しには、連合騎士団はともかくとして勇者隊の参加は志願制です。双子が強く主張したから、そういう事になったのです。
恐らくはモス諸国は勇者隊の戦力を削ごうとしている。大隧道の戦いでその数を減らしておこうと、残酷な思考を巡らしている筈です。
だから双子は勇者隊の全軍参加は何とか却下したのです。もっとも、褒賞目当てで参加する勇者は多いようですがね。
勿論フレーベは参加しますよ。彼ばかりは誰にも止める事は出来ません。あとファーンもフレーベに協力するそうです、相変わらずいい人。
フレーベは石の王国を廃墟にするつもりです。鉄の王国からドワーフを移住させたりせずに、もう完全に国の歴史を閉じるつもりです。
ベルドとフラウスも、庭の隅で秘密の話し合いをする双子の事を心配しつつ、参加する事にしました。双子はなんか、辛そうですね。
彼らは本来こういう事には向いてない。陽気に楽しく生きているのが、彼らには似合っている。生き残れたらきっとそういう風に生きられる。
ベルド「あいつらは無責任であることも、生き方のひとつだということを知っているからな」
フラウス「無責任って、褒め言葉だったの?」
ベルド「オレにとっては、な。ドワーフ王にも、白き騎士にも、無責任であることの価値を教えてやりたいものだ」
来ましたベルド節。これは何となく分かる気がする。無責任でいられることは、確かに一つの生き方かもしれません。それも楽々な。
背負った責任を反故にする事もあれば、不要な責任は背負わない事もある。聞こえは良くないけど、やたらと背負って苦しむよりは要領いい。
あとアロンドですが、彼は父のヤーベイから聖者を懐柔するように言われていました。その能力は放置しておく訳にはいきませんからね。
聖者を国賓として迎えて、荘園や様々な特権も与えるのです。すると彼はすぐに食いついてきました、やはり俗物ですね。
とても好感を持てる男ではありませんが、その言葉は武器になる。彼が糾弾すれば誰でも鏡像魔神にできるんですからね。証明手段は殺害のみ。
実際使えるかどうかはともかく、他人に取られるよりは抱えておこうというのでしょうね。流石に老獪なヤーベイ王です。
しかしアロンドはそんな事に虫唾が走るようでした。彼は元々自尊心が強い男で、能力は優秀なのにそれで損をしていた事もありました。
彼は第三王子として産まれたものの、彼にまで領土を分割できるほど国土は広くなく、自分の領土は自分で切り開かねばなりませんでした。
多分彼はそれで、ああも神経質な性格になったんです。自分の地位を守るために、自分だけを頼りにし、攻撃的にならざるをえなかった。
それで彼はスカードを手に入れようとして、今回の戦争が起きた。しかし彼はより大きな世界を知った。ジェスターやバーランと行動してね。
それまでの自分の卑小さを恥じ、より大きな舞台に立ってることを実感していた。わざわざスカードに固執する必要もなくなった。
もしロードスを統一できれば、大きな街の太守にだってなれた筈。しかしカーラがナシェルを失脚させたお陰で、その望みは絶たれた。
彼は再びスカードに固執するしかなく、その為なら何でもするつもりです。そこでアロンドは聖者も大隧道の戦いに参加するように要請します。
この俗物は他国に寝返りかねない。そう確信したアロンドは、大隧道で聖者に倒れてもらう事を望んでいるのです。冷徹な計算です。
彼としてもそんなちっちぇーことは不本意です。しかしあくまでも王子として、領土を得る事でしか生きられない彼はそうせねばならない。
★4〜5
大隧道掃討戦がいよいよ始まりました。掃討戦に参加しない勇者と騎士は本道を突破し、魔神王の迷宮の前に拠点を設営します。
フレーベと一緒に大隧道に潜るのはベルド、ファーン、フラウス。そして5人の鉄の王国のドワーフ戦士達です。かなりの精鋭のようです。
もう1年以上前ですか、石の王国が魔神に滅ぼされたのは。あの時ナシェルはフレーベを助けて、無理を承知でフレーベを生かした。
それから2人は盟友として戦い、魔神戦争を共に生き抜いてきました。しかしあの悲劇があって、フレーベは盟友を失いました。
あの時ですらナシェルはフレーベに生きる事を望んだ。民を失って一人になった"鉄の王"は、それでもその言葉を裏切る事は決してできない。
どんなに辛くても、どんなに絶望だらけでも、決して犬死は許されない。それでもその辛さを人に見せない、正に"鉄の王"です。
その痛みが和らぐのは、魔神をその手で屠る時だけ。しかもその時がもうすぐ終わろうとしている。復讐の矛槍も振るわれなくなる。
一度は死を望んだフレーベは、ナシェルの示した道のお陰でここに戻ってきました。しかと見届けましょう、玉座を賭けて戦う王の姿を。
フレーベは石の王国の地理を把握しています。人間が見ると訳の分からない地理ですが、彼は宮殿への道をちゃんと知っています。
そこへ行くまではバトルアックスにチェインメイルの軽装で道を掃除し、最後に宮殿にはいつものフル装備で望むつもりです。
フレーベは数日をかけて、確実に掃除を済ませていきます。石の王国のドワーフ達も、勇猛に戦ってそれを助けていきます。
予想していた事ですが、ドワーフのゾンビなどとも戦闘になりました。何処まで人間を(ドワーフだけど)馬鹿にするつもりでしょうね。
掃討戦にはやはり多くの犠牲が出ました。アンデッド如きは大した事ないんですが、下位魔神や上位魔神と遭遇するパーティーも多かった。
聖者隊などは数に物を言わせて宮殿を目指しているようですが、流石に辿り着けてないようですね。まぁ今回も雑魚を倒すだけでしょう。
各地で苦戦する人もいましたが、数の差は歴然としています。犠牲を出しながらも、確実に魔神達を滅ぼしていきます。壮絶な殲滅戦です。
その余りの過酷さに、戦意を喪失する人も多数いたようです。多くの死傷者・行方不明者・脱落者を出した、凄惨な戦いでした。
フレーベは5日目にしてついに宮殿へ攻め込む事にしました。いつものミスリル製魔力+2のプレートアーマーとハルバードを装備します。
石の王国の宮殿、かつて彼が住んでいた所は、石の王国の心臓部です。そこからなら、容易に主要な所へ兵を送る事が出来るのです。
魔神将がいるなら、恐らくはそこでしょう。4体いる魔神将、その最後の1体です。今度ばかりは、その首を取るのはベルドではありません。
宮殿はドワーフ建築の荘厳の極みでした。巨大な石柱が規則正しく並ぶという、恐ろしく巨大な空洞です。ここに彼の玉座がある。
フレーベ「部族の守護者たるべき王の住まう場所。だが、その王は務めを果たすことができず、今ではこの様よ……」
やはり苦しそうな顔をしていました。かつてはここで、多くのドワーフ達と一緒に暮らしていたんですよね。それが今では彼一人。
ここには「永久の炉」(とこしえのろ)というものがあります。代々の"鉄の王"は、ミスリルを鍛えられるこの炉を守ってきたのです。
そう、ミスリルを鍛えられるのです。ミスリルを鍛える技術は、アレクラストでは遺失です。それがこのロードスではまだ残っていたのです。
ミスリルは古代語魔法か技術によって鍛えられ、この場合は後者です。前者もやはり、遺失魔法の一つなんでしょうね。
その炉には金床があり、その下に玉座がある。その玉座の前に魔神将がいました。周りに多くのアンデッドどもを従えています。
どうやら13レベル魔神将イブリバウゼンのようです。リュッセンを支配していた魔神将の同族ですね。残念ながら新種発見ならず。
アンデッドはジャック・オー・ランタン(6レベル)やアンデッド・ナイト、アッシュ(2レベル)やスペクター(5レベル)といった面々です。
ジャック・オー・ランランは6レベルで暗黒魔法を使いこなすカボチャお化けです。ハロウィンの日によく見かけますね。
こいつもやはりどういう経緯で生まれるのか謎です。ただ知性は高いくせに、沼地を漂って獲物を食らうという泥臭さを持っています。
アッシュは死体を焼いた灰から作られたアンデッドです。既に焼かれているので火は効かず、吸い込むとダメージも受けます。
その場合のダメージは打撃力10で追加ダメージ+2と、微々たるものです。何度もクリティカルしないと、高レベルキャラには効きやしない。
古代語魔法や暗黒魔法で創られるそうですが、専用の魔法が存在するのかな。それとも灰にアンデッド化する魔法をかければ出来るのか。
武器攻撃は一切効かないので、炎以外の魔法によって攻撃するしかない。この場では神聖魔法が使えるフラウスだけが頼りです。
スペクターはホーントの一種です。強い心残りがあるとホーントになり、それは状態によってゴースト、スペクター、ファントムに分かれます。
生前の肉体があるとゴースト、幽体のみで動くのをスペクター、場所や物に縛られる自縛霊がファントム。いずれも憑依してきます。
物理的攻撃は効かないので、妄執を晴らすか精神点を0にするかしないと倒せない。するとやはり神聖魔法を使えるフラウスだけが頼り。
どうやらこのイブリバウゼンは死霊魔術や暗黒魔法を駆使して戦うつもりのようですね。リュッセンの方は毒や病気でしたけど。
幸いアンデッド・ナイト以外は用意できそうですしね。"サモン・アンデッド"でその辺から外注したのかもしれませんし。
まぁ大した敵ではありませんけどね。フラウスの"ターン・アンデッド"でアッシュは消滅、カボチャと死霊は逃げ、亡霊騎士は混乱します。
アッシュが消滅したという事は、ターン・アンデッド表で6ゾロ振ったんでしょうね。他のも軒並み抵抗を破った訳です。
これだけ効くと、もしや"ターン・アンデッド"の上位魔法の"デストロイ・アンデッド"だったんじゃないかとも思います。
それなら達成値が相手の精神抵抗を上回れば上回るほど、より強い効果を望めますからね。こうなる可能性は十分ある。
狂ったように攻撃してくるアンデッド・ナイトはフラウスやドワーフ達が迎え撃ち、フレーベはイブリバウゼンと一騎打ちです!
フラウス「わたしたちが援護します。心置きなく戦って!」
フレーベ「感謝する!」
自分の身長よりも長いハルバードをブンブン振り回し、魔神将に突進していくフレーベが、凄いカッコよかった……。
フレーベは防御を捨てた戦闘オプション《強打》でイブリバウゼンを殴ります。同様にイブリバウゼンも真正面から受けて立ちます。
命を削る戦いでした。どちらが先に力尽きるか、どちらの命が先に消えるかという戦い。別に自棄になってる訳ではありませんよ。
その防御力と生命力を信じ、大木を切り倒すかのように殴りあう。大丈夫、これがロードス島最強のドワーフの戦い方なのです。
実際フレーベは7振って19点は止めます。これはやはり魔神将のゲルダムと同様の防御力なのです。イブリバウゼンは17ですが。
しかもその生命点はドワーフ最高の28点。流石に40点もあるイブリバウゼン程ではありませんが、十分頑丈です。
しかしダメージがちょっとヤバそうです。フレーベがハルバードの「切り」を使ったら、打撃力は35で追加ダメージ15です。
これだと7振って23点、毎ラウンド6点抜けます。つまりイブリバウゼンなら7ラウンドほどで倒せます。
仮に《強打》が追加ダメージ+2だったとしたら、25点。8点抜けるから5ラウンドで沈む事になります。当てていけば。
ではイブリバウゼンはどうかというと、こいつ4回攻撃なんですよね。しかも打撃点は23〜24点。全部避けないならすぐ死にます。
イブリバウゼンが両手の剣のみで攻撃してきたとして、19点で止めていったら毎ラウンド10点は抜けます。これじゃあ3ラウンドで沈む。
フレーベは避けないんですよね。超英雄ポイントとフラウスの癒しの援護があれば、単純な殴り合いなら負けなさそうなんですが。
イブリバウゼンも魔法を駆使すれば一騎打ちでは負けないんですが、結局強力な魔法は使ってきませんでした。毒などは吐いてきましたが。
やがてアンデッド・ナイトを倒したドワーフ達も参戦し、イブリバウゼンはドワーフ達の集中攻撃を受けます。既に一騎打ちじゃない。
やがてフレーベの渾身の一撃がイブリバウゼンの足を切断し、地面に突っ伏したイブリバウゼンは容赦なく切り刻まれて滅びました。
特に"ラストワード"などを使ってくる気配はなかったものの、念を押してフラウスが"バニッシュ"で消滅させます。
普通に考えればベルドと同様に一騎打ちで勝てる相手ではありませんでした。それでも倒せるのだから、やはり超英雄は特殊な存在です。
首まで消した事にはベルドが苦笑しますが、当のフレーベはそんなもの欲しくはないので気にしない。これで彼の目的が一つ達成したのです。
フレーベ「そうとも、わしは帰ってきた……廃墟に玉座は不要!」
そう言うと、フレーベは玉座をハルバードで粉砕します!渾身の一撃は、爆発したかのように椅子を粉々に四散させました。
それからもフレーベは何度も何度も何度も、ハルバードを叩きつけます。それが魔神王であるかのように、全ての力を込めて。
それは生き恥を晒す自分への怒りか、魔神達への恨みか、亡き民と盟友への弔いか。殴り合っていたさっきまでよりも、よっぽど痛そうでした。
これが石の王国の終焉でした。破壊音は石の王国の隅々まで届き、石の王国の慟哭のようだったと言われています……。
★6
その頃、聖者はフレーベが魔神将を倒したと気づきもせず、魔神将を求めてお供を連れて石の王国を探索していました。
今ではもう彼は彼自身を、"ロードスの意思"に選ばれた者であり、"ロードスの守護者"として島を導いていくと信じています。
それは彼の従者、ハサラが昔何気なく言ったことでした。彼はそれを信じ、真実とし、今では自尊心の塊になっています。
かつて彼が村人を扇動して惨殺した娘も、彼に本当の自分を思い出させる存在だったと信じています。今の自分こそが真の自分だと。
何故こんな男が聖者などと呼ばれ、鏡像魔神を見抜く目を持っているのか。とにかく謎でしたが、今日その謎が解けました。
例のハサラという男は、マーモ出身の傭兵なのですが、聖者を心酔していました。実力的には聖者隊で最強のようです。
聖者はあらゆる魔法の力とは違う力で鏡像魔神を見抜く。だからハサラは聖者が魔法使いを越えた偉大な存在だと信じているのです。
正に"ロードスの意思"を具象化した聖者。そんな人物に仕える事に喜びすら見出している、忠実な近衛兵なのです。
彼は間違いなく本気なのですが、それがどうも空虚な事のように思えるんですよね。何か偶像崇拝という言葉を地で行っているようで。
探索を進める内に、どういう訳だかポツポツと魔神が姿を見せて、襲い掛からずに逃げていきます。まるでおいでおいでとしているように。
聖者は自分の"従者"たちをその討伐に向かわせ、どんどん奥へと進んで行きます。やがて"従者"が少なくなって、そこに留まる事にします。
しかしそこに巨大な魔神が姿を現します。どれぐらい巨大なのかは分かりませんが、巨人ぐらいなら私も知らない魔神ですね。
ハサラは自分達が足止めして聖者を逃がします。戻ってくる他の"従者"に任せようとしたんですね。それが彼が見た聖者の最後の姿でした。
戻ってくる"従者"を求めて走る聖者でしたが、やはりあちこちから魔神が姿を見せます。そんな彼の手を引いたのは、一人の娘でした。
白いローブを被った少女、何故そんなのがここにいるのか疑問に思うべきですが、聖者は特に気にしませんでした。
やがて聖者はその娘をニースだと思い込みました。それが彼の中で真実となるのには、そんなに時間は要りませんでした。
実は聖者はニースこそが自分の妻に相応しいと思い始めています。……ストーカーってこういう風に生まれるのかもしれませんね。
やがて聖者は円形の部屋に辿り着き、聖者はニース(だと思っていた娘)に礼を言いますが、やはり彼女はニースではない。
なんと彼がかつて告白してフられた娘だったのです。しかし彼女は聖者が起こした集団ヒステリーで殺されたはずです。
鏡像魔神かと目を凝らしてみても、その気配はない。やがて聖者は、また自分に力を授けに来てくれたのだと思い込みます。
思い込みもここまで来ると凄いですね。精神科医にサンプルとして提供してしまいたいぐらいの素材ですよ、本当に。
少女「思い出しなさい。あなたがわたしに告白した時を。わたしに拒絶されたあなたは、夜の森をさまよった……」
聖者「そう、あなたは拒絶しなければならなかった。
愛してもいない猟師のことを愛しているとも言わねばならなかった。すべてはわたしを覚醒させるため……」
少女「あなたは本当に、おもしろい人間だわ。あなたは、真実を生みだしてゆく。あなたの心の中だけの」
よく言ってくれた、もうちょっと早く誰かがそれを指摘してやってもよかったものを。何でここまで彼を放置してきたのか。
少女「ハイランドの玉座の間で、おまえを見て、本当に驚いたよ。(中略)我が眷属が、まさか人間に入れ替わられていようとはな」
……はい、この時点で察した人もいるでしょうね。あの日あの時、聖者が玉座の間にいた時、鏡を越えてやってきた存在がいましたね。
やがて少女の姿は魔神王へと変わっていきました。王自らが自分の配下に引導を渡しに来るとは、暇なのか必要性を感じたからなのか。
魔神は人間に入れ替わる。鏡像魔神だけが持つ能力だと、魔神王も思っていました。しかしその逆もあった、狂気という手段で。
魔神王の手が聖者の額に触れた時、彼は全てを思い出しました。フられたその夜、森を彷徨う彼は、遭遇した鏡像魔神に殺された事を。
しかし最期の瞬間、彼は全てを否定した。鏡像魔神の上位種は、対象の自我の影響を受ける。例えそれが狂気であったとしても。
そしてそのドッペルゲンガーは、この男の記憶を盗み、狂気に冒され、自分が魔神である事を忘れ、聖者だと思い込んでいた。
魔神王「おまえが魔神の入れ替わりを見破れるのは当然ということだよ。なぜなら、おまえも魔神の入れ替わりだからだ」
魔神王の手が離れた時、聖者はドッペルゲンガーに戻っていました。魔神の方が被害者になるとは、人間の狂気とは恐ろしい。
聖者隊の面々は、急に魔神が姿を消した事を不思議に思いながらも、聖者を探しました。ハサラをはじめ、必死にその行方を探しました。
しかし円形の部屋で死んでいた聖者の服を着たドッペルゲンガー以外は、何も発見できませんでした。
様々な憶測もやがては消え、聖者の存在が初めからなかったかのように、石の王国の掃討戦は幕を閉じました。
これで4体いた魔神将は全滅し、残る魔神の拠点は「魔神王の迷宮」のみ。魔神戦争の果て、伝説の終焉に何が待つのか……。
★1
石の王国を突破した勇者隊と連合騎士団は、魔神達の最後の拠点「魔神王の迷宮」攻略の為の軍議を開いていました。
今までは当たり前にあった聖者とその側近の姿はなく、大勢の勇者達は戦意を喪失しています。先の石の王国での戦いはそれ程に過酷でした。
フロイとリーゼンは話し合って、勇者隊を解散させる事にしました。そして改めて「魔神王の迷宮」に挑む百の勇者を募るのです。
今回は連合騎士団からも有志を募ります。まだ戦える者、言い換えればモスの脅威になりうる百の勇者と騎士達で勇者隊を結成。
そうして集った百の勇者で最深部の「魔神王の間」までの血路を切り開き、いつもの七人の超英雄が魔神王を倒しに最後に迷宮に潜る。
真の"勇者"の名誉は最後の迷宮に挑んだ者だけに与えられる。そうすれば、やたら多くの"勇者"の称号を持つ者を野に放つ事もない。
そして真に"英雄"と呼ばれるのは、魔神王を倒した者だけ。『勇者とは資質であり、英雄とは結果である』。正にその言葉の通りです。
彼ら百の勇者は、言わば決死隊です。ハッキリ言って生きて帰ってこれる可能性は低い。それでも戦うのだから、彼らは間違いなく勇者です。
軍議が終わった後、カノンの自由騎士は仲間達にその事を伝えました。するとやはり頭が憤慨します。今までの戦いは無駄だったのか、と。
魔神王を倒さないとロードスが滅びるのだから、それを成しえた者だけに真の名誉が与えられるのは、当然と言えば当然です。
今まで必死に戦ってきた彼らにとっては納得いかないでしょうが、それでも莫大な褒賞は出されて御役御免ですから全くの無駄ではない。
少なくとも、金が目当ての勇者ならば異論はない程度の額は出るでしょう。しかし金が目当てではない勇者というのも、いるのです。
頭は自由騎士が遠まわしに、自分に降りろと言っているのが気に入りませんでした。しかし当の自由騎士は参加するつもりです。
自由騎士「わたしは、ある若者の想いを果たしたいのだ。その若者になら、永遠の忠誠を誓ってもいいと思っていたから」
そう、自由騎士はやはりナシェルに忠誠を誓っていた。この戦いは彼にとっては、亡き主君の無念を晴らす戦いなのです。忠臣蔵のような。
頭「誰だい、そいつは?おまえの頭はオレだぞ」
それってつまり、ヤキモチ焼いてるって事ですかね。あくまでも頭は自分、他人なんかには渡さないと。結構可愛い所があるな頭(苦笑)
頭は決して賢明なリーダーではないけど、妙なカリスマがあるのも間違いない。子分が親分を慕ってついて行くような、そんなカリスマ。
しかし自由騎士は、恐らく死ぬつもりです。国も領地も捨て、褒賞も家族に送っている。身の回りと心の整理をしているのですね。
頭「オレは、まだ頭だ!おまえが迷宮に行くというのなら、オレも行く。百の勇者と、魔神王殺しの英雄の誉も捨てる気はねぇ
これから生きていたって、そんな名誉とは無縁なんだからよ。どうせなら、極めてみてぇじゃねぇか」
どうしちゃったの頭!?と驚きましたが、彼は彼で自由騎士とは違う形の勇者の資質を持っていたのですね。今更ながらに、それに気づいた。
過去未来のロードス島戦史には、極めた人が何人かいました。善い人も、悪い人も、常人では及びもつかないような人物ばかりでした。
ベルドやファーンはそうですし、カシューやパーンやアシュラム様、フィオニスやバグナードもそうです。極めるとは、ああいう事でしょうか。
自由騎士「すべてを失うかもしれないんだぞ?」
頭「だが、すべてを手に入れられるかもしれねぇ。
それに、おまえって奴は、妙な覚悟をしているからな。一人で行かせたら、すぐにくたばってしまいそうだ」
もしかして、頭は自由騎士を心配して一緒に行く事にしたのかな。勿論彼自身の野心もあるでしょうが、こいつと一緒なら悪くないとも思って。
そんな頭に自由騎士は驚いた顔をしていました。そして胸を小突かれて尻餅をついた頭に、自由騎士は手を差し伸べて言いました。
自由騎士「頼りにしているからな」
頭「まかせろよ」
2人とも、凄いカッコイイです。彼らは大勢いる百の勇者の、見本のような人達です。こういう勇者もいたという一例ですね。
そんな2人に仲間の2人の若い戦士は自分達も連れて行って欲しいと頼みましたが、それは頭も自由騎士も許しませんでした。
それは彼らが力不足だから。今回の戦いでは自由騎士と頭も危ないんです、今までのように彼らを庇う余裕はないのです。しかしそれだけでもない。
若い2人には生き残って欲しいというのが自由騎士と頭の思いです。自分達が救ったロードスを見守り、この戦いを語り継いで欲しい。
その言葉を聞いて、若い2人は泣きじゃくりながら「生きて帰ってきてください」と言いました。そんな2人に笑いかける頭が、堪らなくカッコイイ。
きっと頭はこういう風に若い二人を後輩のように可愛がってきたんでしょうね。そしてそんな光景を自由騎士も微笑ましく見てきた。
他の仲間のマイリーの神官戦士とエルフの精霊使いは一緒に行くつもりです。彼らも最後までついていく覚悟があるのです。
神官戦士は、旅の途中で自由騎士に出会い、その勇者の資質に惚れ込んでついて来たそうです。無名ながらきっと徳の高い神官なんでしょうね。
そして頭にも自由騎士とは違う勇者の資質を感じているそうです。だから、彼らの武勲を最後まで見届けるのが自分の信仰なのです。
勇者の資質というのは、それこそ勇者の数だけある。だから頭と自由騎士が全く違った性格で、同じようにその資質を持っているのは自然な事です。
例え喜びの野に行く事になろうとも、勇者の従者として最期まで仕える事ができるなら、それはマイリー神官にとって幸せな事なのです。
エルフですが、彼の集落は自由騎士の家系に多大な恩があるそうです。何代か前の領主が、私財を投げ打って妖魔を倒してくれたんだそうです。
だから真の騎士道を伝える自由騎士が百の勇者になると決めた時、長老の1人である彼がそれを手助けする事にしたのです。
彼は普通のエルフで、もうすぐ千歳で寿命です。なのに数十年しか生きていない頭と自由騎士が、より若い若者を守ろうとしているのです。
エルフである彼から見たら、若い命がより若い命を守ろうとしている。その意思を尊重し、倒木が新たな苗床になるように、彼は戦うつもりです。
先の事ですが、彼らは迷宮に挑み大きな成果を上げました。しかし帰っては来なかった。迷宮の途中で、力尽きたのです……。
何故彼らに名前がないか気になっていた人もいるでしょう。それは彼らが歴史に名を残せなかったから。英雄になり損なった勇者だからです。
だから彼らを自由騎士や頭と呼ばざるを得なかった。しかし歴史に名を残せなくても、彼らは間違いなく百の勇者の一員だったのです。
彼らを百の勇者の見本と言ったのは、そういう意味でもあったのです。こういう勇者達が、魔神戦争では本当に大勢いたのです。
彼らは間違いなく勇者です。しかし結果を残せず、英雄にはなれなかった。魔神戦争がいかに悲劇であったか、これだけを取ってもよく分かる。
★2
「魔神王の迷宮」……そこは闇深き魔の聖地。地下10階層によって構成され、侵入者を阻む罠や守護者に溢れています。
切り立った崖を背後にした急峻に作られているので、海抜で言えば全く地下ではない。しかしこの迷宮は後に「最も深き迷宮」と呼ばれます。
迷宮に挑んだ勇者達にとって、最深部までの道のりは何処までも深く、何よりも遠かった。既にそこは、この世ではないのかもしれない。
百の勇者に志願した勇者達は、百どころか五百はいました。彼らは5〜10人のパーティーで、それぞれ最深部を目指していきます。
一つのパーティーが分かれ道に着いたら、後続の隊を呼ぶ。安全を確認したら連絡があるが、連絡がなければその隊は全滅した事が分かる。
それはつまり、そこに危険がある事を身をもって示す事になるのです。そうして道を一つずつ潰していき、地下10階を目指していくのです。
ウォートは多くの情報を記憶していますが、魔神達が迷宮をそのままにしている訳がない。結局は各々が全知全能を尽くして攻略するしかない。
これが如何に無謀で、如何に危険か嫌でも分かります。しかし大部隊を投入できないこのような迷宮では、これ以外に方法がないのです。
カーラの"真実の鏡"なら詳細が分かるでしょうが、カーラは魔神王を映すといけないという理由で細かい所までは見ていません。
彼女にとっては、ここで勇者達が全滅してくれる方が都合がいい。自分を含めた7人が魔神王の所へ行ける程度に頑張ってくれれば十分。
最初に迷宮に挑んだのは双子の王子フロイとリーゼンでした。加えて吟遊詩人のユーリーと、彼らを慕うハイランドの騎士が5名。
騎士の中では、双子の教育係の老騎士が目立ちますね。典型的なガンコ爺って感じですが、きっと双子には手を焼いたでしょうね(苦笑)
8人のパーティーというのは、業界(何処のだ?)では多めです。まぁ大抵の相手なら前衛の多さで対処できるでしょう。双子は強いし。
しかし迷宮に挑む上で致命的な欠点があるのですね。それは盗賊がいないという点。専門家無しで遺跡に挑むのは自殺行為ですよ。
誰が罠を見抜くのか、誰が罠の回避方法を見つけるのか。遺跡内の様々な情報に気づくのは誰か。それは盗賊です、シーフ技能です。
ましてここはカストゥールの遺跡の中では最上級のもの。魔法使い1人であと全部戦士というのは、あまりにも心許ない構成です。
それでも双子は強かった。突如現れたグルネル(挿絵から推定、でも漫画版とは違う)も瞬殺。多分ナシェル並(7レベル)の実力です。
これには老騎士も息を呑んでいました。本当に強くなったもんです。ベルドやファーンが強過ぎてそう見えないだけで、彼らも十分強い。
しかしこの戦いで騎士が1名重傷を負います。彼はもうこれ以上進めないので、引き返させます。こういう人も当然いる、死者ばかりではない。
しかし続きの探索で双子隊は行き止まりに突き当たり、他の道には既に他の隊が入っているので後続に回ってしまいます。
次に迷宮に入れたのは、探索が地下3階にまで来た時でした。どうやら前の隊が"ダークネス"&暗視持ちの魔神に惨殺されたらしい。
"ダークネス"といえば1レベルの古代語魔法。それも使い方によってはこんなにも恐ろしい事が出来るのです。忌々しい事に魔神は賢い。
実は勇者隊の魔法使いは50人に満たないそうです。それじゃあ一つのパーティーに2人いたら上等、という程度ですよね。
この場合は双子が光晶石を投げ込んで"ダークネス"を解除。たった2匹の下位魔神を倒したそうです。2匹相手に何人も殺されてるのです。
他の隊も結構悲惨な目にあってますよ。全員鏡像魔神に入れ替わられた隊もあったそうです。鏡像魔神ばかりか、何かパソコンゲームみたい。
別の隊なんて、先頭がピット(落とし穴)に落ちて死亡。続けて歩み寄った2人も落ちて死亡。ピットというか幻覚のかかっていた崖ですが。
だから盗賊が必要だと言ったのに、このケースだと《罠感知》ですね。いやこの場合はレンジャーの《危険感知》でもいいんですが。
魔法というのは、何を覚えているかではなく、覚えている魔法で何をするかが重要なのです。創意工夫で、こういう事も可能なのです。
双子隊は以後の探索で、不意打ちを受けて1名死亡、片腕を失った1名脱落、ミミック?の奇襲で老騎士死亡と惨々たるものです。
ミミックというのはフォーセリア用語ではありませんね。この場合はチェスト・イミテーターが正しい。要は宝箱に擬態したモンスター。
これなら誰にも告げずに姿を消せば、皆双子は死んだと思ってくれるでしょう。ある意味好都合。しかし想像以上にこの迷宮は深い。
フロイ「最も深き迷宮……か」
この言葉を例の片腕を失った騎士が持ち帰った事で、この迷宮はそう呼ばれるようになりました。実は名付け親はフロイだったのです。
★3
最後に迷宮に入ったのは、後の歴史のその名を残す七人の超英雄達でした。魔神王を倒せるのは、彼らを置いて他にいない。
"赤髪の傭兵"ベルド、"白き騎士"ファーン、"荒野の賢者"ウォート、"大地母神の愛娘"ニース、"鉄の王"フレーベ、仮面の魔法戦士……。
そして"至高神の聖女"フラウス。確かに彼ら以外にあの魔神王と戦える人はいません。逆に言えば、彼らの敗北=ロードスの滅亡です。
既にかなりの階層を下りていますが、その分残っている隊も僅かです。500名を越える勇者が迷宮に挑んで、活動してるのが一部とはね。
勿論全員が全員死亡した訳ではありません。戦意を喪失したり、重傷を負ったりして脱落した人も結構いる筈ですからね。
しかし彼らはもう戦えない。名誉は残るかもしれないけど、英雄として歴史に名を残すほどでもありません。
その犠牲の上に迷宮を進む7人の仲は決して良好ではありません。フラウスは戦後に誰が自分とベルドの敵になるか、今から考えています。
まず得体の知れない仮面の魔法戦士。ナシェルを死地に追いやった"ロードスを憂う者"。何故それでナシェルを失脚させるのか謎ですね。
そしてファーン。彼は何処まで行っても聖騎士です。統一の過程でヴァリスも滅ぼすなら、確実に敵対する事になります。
フレーベ、ニース、ウォートはそれぞれそういった事に関与する事はないでしょう。まぁニースは教団を挙げて批判的立場になるでしょうが。
魔神はただ倒せばいい、しかし人間はそうではない。敵対するとは言っても、それは立場を違えているだけ。それは本当に些細な事です。
魔神は存在そのものが人間と相容れないから、出会ったら戦うしかない間柄です。しかし人間はそうではないのが、本当に難しい。
本当を言えば、敵も味方もいない筈なのに。立場上敵対せざるを得ない人が出るのを避けられないのは、人間の多様さの持つ業です。
それでも戦わざるを得ない。自分の心がそう囁くから。その心が自分を形成し、その心を捨てる事はできないから。
しかしフラウスは、例えそうでもロードスを統一するつもりです。戦後に大きな揺り返しが起こる事は、最早避けられない。
本当に魔神戦争を終わらせるには、魔神王を倒すだけでは駄目なのです。それがフラウスの出した神託の答えなのです。
勿論この場での敵ではないのは承知しています。究極に怪しい仮面の魔法戦士も、魔神王を倒すまでは盟友として共に戦うまでです。
★4
その頃、連合騎士団のマイセンと三将軍は迷宮の入り口に陣取っていました。そこには残っている騎士団が全軍揃っています。
もし勇者達が敗れたら、全軍で迷宮へ進軍。それでも敗れたら、ロードスの諸国へ魔神王を倒せばモスの全領土を譲渡すると知らせます。
この面子で勝てないなら他の連中に頼んでも勝てないと思いますが、まぁやっといて損はないでしょう。黙ってても皆殺しだし。
マイセン「此度の戦いでは、我ら騎士団がいかに無力かを、民に知らしめる結果となったな」
そう、彼らは勇者隊がいなければ、ここまで魔神を追い詰める事はできなかった。為政者であるにもかかわらず、対応仕切れなかった。
ロードスの諸国も魔神に対しては無力でしたが、モスはかなり頑張りました。しかしそれとて、及第点を与えられるという程度です。
ジェスター「我らには、守るべきものが多すぎるのです。
一人の戦士として生きられるなら、わたしは迷うことなく、百の勇者に志願して、魔神王の迷宮に挑んだことでしょう」
今彼の双子の弟達は迷宮に挑んでいます。彼にはそれが羨ましいほどです。もし王位継承者でなければ、何の遠慮も要らないのに。
結局は世間では騎士団よりも勇者隊の方が持てはやされてますしね。彼らは民意を失いつつあるのかもしれません。
勿論彼らだって多大な犠牲を払って戦ってきました。しかしそれすらも、勇者隊の名声の前では霞んでしまう。絶対評価ではなく、相対評価です。
勇者隊は解散、迷宮に挑んだ勇者もほとんど全滅。一連の戦いで多くの勇者が倒れたのは、彼らにとっては幸いでしたね。
しかし全てが倒れた訳ではない。魔神王を倒して帰ってくる英雄達がいるでしょう。いてもらわないと困るぐらいですしね。
アロンド「帰還した英雄たちは、魔神王と同じくらい危険なのではないか?」
その英雄達は、間違いなく民衆から圧倒的な支持を得ます。それこそ望めば一国の主になれる程度の名声は確実に得られます。
かといって英雄を謀殺しようものなら、もうそれでお終いです。魔神が滅びただけでは魔神戦争は終わらない、いい所に目をつけましたね。
アロンド「魔神王を倒しても、それは新たな魔神王を生み出すだけなのかもしれない……」
その発言に一同の視線が集まって慌てて取り繕いましたが、実に的確な表現です。それは未来を正しく言い当てています。
以後の彼らですが、英雄戦争が始まるまでにはジェスター以外は死亡しています。戦死っぽい人もいれば、明らかに病死の人も。
まずマイセン、彼は間違いなく病死ですよね。竜熱によって寿命を縮めてますから。7年後の481年に51歳で死去しています。
バーランは戦死っぽいんですよね。彼はなんと今年死亡します。享年26歳、一体何があったのか。悪い病気にでも罹ったのか。
アロンドは28年後の502年に死亡しています。享年50歳、この世界なら寿命という可能性もありますね。英雄戦争の8年前。
そしてジェスターは「王たちの聖戦」でも書いた通りに518年に63歳で死去、やはり竜熱による衰弱死だったんでしょうね。
★5
地下10階への階段を見つけたのは、やはり双子でした。既に彼らに従うのはユーリーと騎士が1人だけ。殆ど無傷なのだから大したものです。
しかも他のパーティーも全滅です。地下8階が最大の激戦区で、9階は少し温かったそうです。でも9階まで降りてきたのは、僅かに3隊。
その3隊も双子を残して全滅してるのです。自由騎士と頭達は、7階まではよく見かけたそうですが、9階までは降りてこなかったと……。
死傷者、脱落者を抜かして、現在活動してる勇者は双子隊だけ。流石はナシェルの従兄弟、勇者の家系の出身です。本当に大したものです。
地下10階への階段は残った騎士が見張るからと言うので、双子とユーリーはベルド達を迎えに行く事にしました。
こんな所に1人で残るのはどう考えても自殺行為です。まだ魔神が残ってるかもしれないのに、彼はもう重傷でまともに戦えないのに。
それは彼の意思を尊重しました。あとは速やかに退場するだけ。もし最後の場に立ち会おうものなら、確実に英雄になってしまう。
ここまで来たのだから最後の瞬間に立ち会いたい気持ちはよく分かるけど、ここまで生き残れたからこそ、その命を大切にして欲しい。
双子のことだから、冒険者になっても色々仕出かすでしょう。だから吟遊詩人のユーリーも何処までも双子に憑いてついていくつもりです。
双子とユーリーは来た道を引き返し、8階へ昇る階段へ来た所でフラウス達と合流。魔神だったら灯りは持ってないでしょうしね(苦笑)
双子が無事だった事には、皆心から喜んでいました。フラウスは双子を順にハグ。これは挿絵のシーンですね。相変わらず双子が区別できない。
ニースは涙ながらに「よく無事で……」と癒しをかけてくれます。魔晶石をありったけ持っているので、消耗する心配はないです。
あまりにも犠牲が多いこの戦いで、双子と無事に会えた事だけは喜ぶべき事です。オアシスにでも巡り会えたかのような雰囲気ですね。
ファーン「見事だ……」
フレーベ「スカードの王子も、きっと喜んでいよう」
ウォート「期待した甲斐があったというべきかな」
仮面の魔法戦士「ハイランドの王家には、竜の血でも流れているのか?」
順に感嘆の言葉をかけていきます。あのウォートですら、この時ばかりは本心から喜んでいました。こんなウォートは久しぶりです。
そして双子はお別れの挨拶をして、7人と別れます。もう二度と姿を見せる事はない。彼らはもう死んだ事にして気ままに生きるのですから。
しかし地下6階への階段を昇った時、通路に群れる無数の魔神と遭遇したのです。……全てが終わった後でこれは、あんまりじゃないですか。
打ち漏らした魔神達がいたんですね。ベルド達には襲い掛からなかったくせに、疲労している双子とユーリーを狙うとは……(沈痛)。
双子「これまでの幸運のつけがきたかな」「使命が終わったとたんに、これはないよね」
フロイ「これが、僕たちの武勲詩の最後?」
ユーリー「さて、どうでしょうね?」
そして双子は人々の前から姿を消しました。戦死したのだと、記録には残っています。しかし彼らのその後を語る歌もあります。
それは後世の創作だとも言われていますが、真相は誰も分からない。生きていても死んでいても、彼らは人前に現れないのだから。
ハイランドの双子の王子フロイとリーゼンも、その役目を終えて伝説の人となりました。これは最も深き迷宮に残る永遠の謎。
これで百の勇者は全滅したと言ってもいい。ベルド達には別の称号がありますから。不本意ながら、カーラにとって都合のいい結果となりました。
★6
地下10階に続く階段の前には、この階段を守っていたハイランド騎士の生首がありました。身体は何処にもなかったそうです。
ニース「あなたが、魔神の犠牲になる最後の人となりますように……」
そう言って神官衣を脱いだニースは、ミスリル製のチェインメイルを着ていました。石の王国で見つけた物をフレーベが直してくれたそうです。
ニースは筋力が14あるので、必要筋力もそれだけあると考えると防御力24。プレート・アーマー並の防御力はあるのですね。
もっとも、魔神王の"魂砕き"の前では大した違いはありませんけどね。まぁ本人の言う通り上位魔神程度なら効果もあるでしょうが。
彼の首は神官衣で丁重に包み、7人はついに地下10階に辿り着きました。そこは一直線の通路、左右には魔法の明かりです。
ブルークはリィーナを連れてここまで来れたのですね。魔神はいなかったとはいえ、罠はあったのだからよく来れたものです。
突き当たりの大扉を開けると、そこは魔神王の間でした。大きな広間は篝火に照らされ、黒大理石の床に魔法陣、奥には玉座です。
その玉座に片膝立てて座っていたのが、魔神王でした。挿絵のシーンですね、全裸だからかなり際どい。漫画では多少なりとも布があったのに。
それはリィーナの身体なのですが、中に入っているのが魔神王だと人間にすら見えません。真っ白な新雪のような肌の美しい少女です。
しかし以前も言ったように、それは見かけだけです。その瞳は暗く、魂は昏い。その力は邪神にも等しい、魔神の王。
魔神王、20レベルの最強の魔神です。SW史上最高レベルのモンスター(データがある分で)で、精霊王や五色の魔竜をも凌駕する。
知力も敏捷度も筋力も人間の限界かそれ以上あり、15レベルで古代語魔法と暗黒魔法を使うという異常なまでの力を持ちます。
その最大の特徴は生命点がないという事(防御点も)。つまりいくら攻撃しても、ダメージを与えても、全くの無意味なのです。
物理攻撃・精神攻撃無効という何かの冗談のような能力です。加えて"ディスインテグレート"や"バニッシュ"などの瞬殺魔法も効かない。
倒す唯一の手段は精神点を削りきる(魂を砕く)という事ですが、その精神点が100点もあったりする。3桁なんてはじめて見ました。
しかもその精神点は"魂砕き"によって補充可能。"魂砕き"で削られた精神力は、そのまま持ち主の精神力になるのです。
当然ながら精神抵抗も異常に高い。ダイスを振って1ゾロ振っても精神抵抗37は保障されてます。ウォートの魔力の倍以上です。
精神力を削る魔法は3つ。精霊魔法の"シェイド"、暗黒魔法の"メンタル・アタック"、古代語魔法の"スティール・マインド"です。
この内"メンタル・アタック"と"スティール・マインド"は抵抗されて効果消滅なので、6ゾロでも振らないと効果は望めない。
前者は消費した精神力の倍を削れるのですが、それじゃあ40点かそこらですね。超英雄ポイントを持つ闇司祭が数人いればなんとかなるかも。
"パワーリンク"で50点の精神力を集めて、超英雄ポイントで自動的成功にすれば倒せるかもしれませんね。そんな人がいればですが。
後者は抵抗を破れても打撃力は20なので、何度もかけてクリティカルとかも起これば削れるかもしれませんね。
ウォートなら7振って23点だから3点削れます。超英雄ポイントを毎ラウンド使っても精々10回で、あとは6ゾロが出るのを祈るのみ(笑)
では"シェイド"はどうかというと、これはちょっと厳しいですね。何しろ打撃力10で、抵抗されたら0ですもんね。
魔神王が20レベルで抵抗を破れないとすると、0レーティングで20点を越えるダメージを出せるかというと無理ですから。
0レーティングだと6ゾロっても4点。魔力が17以上ないと削れませんね。ルマースとかなら何とかなるかもしれませんが。
しかし相手が"魂砕き"で精神点を補充したらまたやり直し、恐ろしく気の長いゲームになりますね。これは"スティール・マインド"も同様。
ルマースは闇の精霊王とか知らないんでしょうかね。精霊王の力で精神点を削れれば、魔神王でも陥落するかもしれない。
このように、魔神王を倒す事は不可能と言ってもいい。理論上方法があっても、それを実現させるには一生分の運を使っても足りない気がする。
何故魔神王が魔神の王であるか。それは、魔神王は単体で他の魔神を皆殺しにできるだけの力があるからです。魔界の絶対的な支配者です。
モンスターには1ゾロ6ゾロがない、イブリバウゼンが100匹揃って古代語魔法か暗黒魔法で精神点を削ろうとしても無駄ですからね……。
仮にイブリバウゼンが拡大したとしても、達成値+5で魔力は19が精々。ここから6ゾロ振っても31、抵抗されて効果消滅ですね。
この化け物を倒すのに、"魂砕き"を使ったとしましょう。ベルドが使えば追加ダメージ18ですから、7振って23点。3点削れる。
これでも相手がまったく回復しないとしても、30ラウンドはかかる。クリティカルが起きる可能性に賭け過ぎるのもね。
超英雄ポイントがある間はいいけど、尽きたら出目勝負です。ベルドの攻撃力が17で魔神王は21だから、16.7%。当たらない事もない。
でも魔神王の魔力の強さを考えると、超英雄ポイントが尽きれば瞬殺魔法を受けてそれまででしょう。レベルとポイントがもっと規格外でないと。
真面目に考えると絶対に勝てそうにありませんが、それでも英雄達はその手から"魂砕き"を奪い、その魂を砕く為に戦いを始めます。
まずウォートが"アンチマジック"で魔法を封じます。魔神王なら"パーフェクト・キャンセレーション"出来るでしょうけどね。
続いてベルド、ファーン、フレーベ、フラウス、仮面の魔法戦士がそれぞれ武器を抜いて魔神王を包囲していきます。あとの2人は見学。
思えば、この時代に彼らがいてよかった。もし他の時代だったらと思うと、ゾッとします。もうとっくにロードスは滅亡していたでしょう。
多分パーンやカシューの時代でも、勝てなかったでしょうね。単純な戦闘力ではこの7人が間違いなくロードス史上最強でしょうし。
ところで、ウォートとニースは魔神王が何をしたかったのか分からないと言っていますが、皆殺しでしたよね。前に本人が言ってたし。
★7
やがて戦いは始まります。それは正に神話の世界でした。人間の限界を超えた英雄達が、邪神にも等しい魔神と戦っているのです。
ユーリーがこの場にいれば、きっと最高の歌を作っていたでしょう。それこそウォートの言うように涙を流しながら。
その戦いを見ながら、ウォートは決めました。この迷宮の守人になろうと。そして魔神戦争の全てを本に残そうと。時間はいくらでもある。
魔神王から"魂砕き"を奪おうと、ベルド達は奮戦していました。しかし何をしようともやはり効かない。単純な殴り合いで勝てる相手じゃない。
剣で肉を貫こうが、矛槍で骨を裂こうが、鎚鉾で髄を砕こうが、直ぐに再生。生命点が無限大なのではなく、存在しないという事ですかね。
同時に防御点も無限大なのではなく存在しない。もし防御点が無限大ならば、そもそもこうして身体を傷つける事は出来ません。
しかしその再生力は驚異的です。まるでウー(字が出ない)のように一瞬で復元、やはり肉体を滅ぼすのは不可能ですね。
フォーメーションは、何故か三聖具を装備するファーンが正面に立って魔神王の攻撃を全力で受けています。流石は業師ですね。
これはやはり借りてきたんでしょうね。まぁ彼は実質国王ですし、むしろこういう時にこそ使うべきですからね。当然でしょう。
そしてベルドとフレーベが左右から、カーラとフラウスが背後から腕を狙いますがなかなか隙が出来ない。向こうは全部お見通しですか。
なお、この状態のファーンの回避力はなんと19、《防御専念》込みで21。しかしこれでも回避確率は33.8%、また微妙な。
もしジェナート辺りから"ジハド"をかけてもらっていれば、ファイターレベル12になり、回避力23。それでも55.6%です。
仮に"ヘイスト"と"シールド"をかければ、+3の+1で回避力27!。89%ですね。それまでは超英雄ポイントでも使わないとヤバい。
実は筋力24(以上)の魔神王は、ベルドとフレーベをも武器を掴んで引き寄せます。そして蹴られたり口から吐く瘴気などを浴びせられる。
どうやら魔神王の能力は瘴気などもあるようです。身体からは瘴気を分泌し、その血はミスリルさえ腐食させる猛毒です。
ベルド「どう足掻こうと、人間は人間を越えられないということさ。人間は竜にはなれない。巨人にもなれるはずもない。ましてや神や邪神にもな」
フラウス「それでも、人間は竜にも巨人にも、邪神にも負けません。弱音を吐くなんて、あなたらしくなくてよ」
ベルド「弱音などではない。ようやく認めることができただけさ」
どうやら、答えを出せたようですね。魔神将では不足で、魔神王になってようやく自分の力の限界を認める事が出来た。だから笑えた。
次は攻守を変えました。ベルドが中央に来て、ファーンが右に回り込みます。"法の剣"は再生を遅らせる事ができるらしいんで。
とはいえ、それでもやはり攻撃は効かないんですがね。"法の剣"の場合《部位狙い》を使えばその部分は何ラウンドか使えないとかかな?
続いてウォートが"アンチマジック"を解除。ニースが癒し。更にカーラとウォートが援護魔法を戦士たちへ。
多分"フィジカル・エンチャント"や"シールド"、"プロテクション"、"ヘイスト"などでしょうね。特に真ん中のベルドへは"ヘイスト"かな。
それでもベルドの回避力は最大18ですから、《防御専念》しても20でファーンには及びませんね。やっぱり超英雄ポイントかな。
やがてファーンの渾身の一撃が魔神王の足を切断。フラウスが舞い上がる瘴気を"バニッシュ"で浄化。残りのメンバーは魔神王へ殺到。
ところが魔神王はまたも"フォース・イクスプロージョン"で全員ふっ飛ばす!!。ハイランドの時と同じような光景です。
遠くにいたウォートとニースにも届いたようだし、範囲を拡大したかな。それとも2人が魔神王から10mの範囲にいたのか。
その間に魔神王は起き上がってしまいました。折角のチャンスでしたけどね。ところが起き上がった魔神王は変形していました。
足は蹄の生えた獣のそれに、頭からは捩れた角が伸び、背中には漆黒の翼。そして自分の影をまとって鎧とする。ついに本気ですね。
その姿は漫画版の方でも見れました(こっちは右足が人間のままだけど)。その姿は魔神というかむしろ……堕天使?
キリスト教においては神と悪魔は一種の共存関係にあります。悪魔がいるから人は神に祈り、そんな人間の依存心に悪魔はつけ込む。
もともと悪魔は堕ちた天使であり、特にサタンとも言われるルシファーは光を帯びた者という意味の名を持つ天使長でした。
しかし彼は神に反旗を翻して地獄に落ちた。その時足は山羊のそれになって、不具になったといいます。色々な説はありますがね。
甘い言葉と暴力を使い分ける神は、悪魔という必要脅威を創る事で、自分の権威を高めた。そういう見方があるそうです。
もし魔神王がファリスが魔界に遣わした堕天使なのだとしたら、どうでしょうね。暴力という名の秩序をもたらす存在として。
ファリスはいわばローフルで、ファラリスはカオティックです。しかしそれには当然グッドとイービルの両面もあると思います(D&Dか)。
魔神王はファラリスの自由を尊ぶ魔神達に秩序をもたらす為に敢えて創られた、ローフル・イービルな存在なのだとしたら?
だとしたらルシファーのように、魔神王が魔神をまとめる事で、人間や妖精達が自分を頼るようになるのかもしれません。
勿論妄想ですけどね。しかしファラリス信者の魔神が絶対的な上下関係で生きているのは、どうも気になるんですよね。
そういう魔神王も勿論ファラリス信者で、神々の大戦では闇の神の側についた訳です。ファリスの創造物でも、そういうのもアリだと思う。
それでもベルド達は戦い続けました。ニースが癒し、ウォートは今度は"サモン・グレーター・デーモン"(仮)で上位魔神を召喚。
しかしすぐさま魔神王の"ディスペル・オーダー"でウォートから支配権を奪ったので、仕方なく"ディスインテグレート"で消滅させます。
"サモン・グレーター・デーモン"というのはクリスタニアにある魔法ですよ。正式名称がSWにないので、使わせてもらったまでです。
何をやっても全く効かない魔神王に、ウォートにも諦めムードが漂ってきました。あの時の誓いはどうした、ナシェルの弔いはどうした?
ウォート「しょせん、死すべき定めの者ということか……」
ニース「希望を捨ててはなりません!人間にとって、死すべき定めにあることは呪いではなく、祝福なのです。
それゆえ、人間は命を、時を大切にします。個ではなく、種として栄えようとします。
過去から未来へ命を繋ぎ、知識や技術を伝えてゆくのです。その永遠の営みこそが、人間の真の力なのです。
それをこの時代で途絶えさせるわけにはゆかないのです!」
いかにも大地母神の愛娘らしい言葉です。人間という存在を、巨大なサイクルの一部だと自覚しています。そしてそれを尊んでいる。
ベルド「聖女様は、オレたちに死ね、と仰せだよ」
来ましたベルド節。今回はベルド式翻訳術、実に分かりやすい意訳ですね。しかし実際に、そうでもしないと隙は生まれない。
そしてベルドは、ファーンと示し合わせます。2人は最後の賭けに出るつもりです。自分の命を使った、友へチャンスを託す賭けに。
ベルド「いずれか、生き残った方が、この島を褒美として戴くというのはどうだ?」
ファーン「それも承知だ。魔神王にくれてやるぐらいなら、貴公にくれてやったほうが遥かにましというものだ!」
しかし本当に魔神王から剣を奪えるのか。これはやはり戦闘オプション《武器狙い》でしょうね。成功したら、武器を落せます。
これは相手が目標値10の筋力による判定を行います。攻撃側にも命中に−修正が入りますが、超英雄ポイントを使えば問題ない。
式に現すと、「10+16レーティング+16−20>24+2D6」になります。この式が成立すれば、"魂砕き"を落せます。
つまりファーンのダメージから魔神王のレベルを引き、10に加えるペナルティーとする。それが魔神王の筋力判定を上回ればいい。
クリティカルは起こらないけどファーンが6ゾロを振ったとすると、「−10>2D6」となります。つまりこの方法では不可能です。
本来ならば両手武器を相手にすると、ファーンに更にペナルティーが入るのですが、魔神王はこれを片手で振り回していたのでこうなります。
それなら《腕狙い》ですね。相手に与えたダメージをペナルティーとして、生命抵抗ロールを行わせ、武器を落とさせる事が可能です。
ここで注目すべきは、魔神王の防御点が「−」になっている点です。これを防御点無限大ではなく、0と考えればどうでしょう。
「10+16レーティング+16−0>24+2D6」とします。魔神王に生命抵抗がないので、筋力で代用します。
これなら「2+16レーティング>2D6」となれば武器が落ちます。場合分けして計算すれば、正確な確率がわかりますね。
仮にファーンが7を振ったとしたら6。2D6が5以下になる確率は27.8%。超英雄ポイントで振りなおしたりすればもっと上がる。
もういっそ、命中すれば落せるとしてもいいとも思いますけどね。事実命中しさえすれば身体は崩せる訳だし。
★8
そしてベルドの心が語られます。初めて、彼自身が彼の心を語りました。その心は、やはり常人とは一線を画していました。
ベルド「貴様には感謝したいぐらいだよ、魔神王!」
魔神王は強い。魔神将では認めきれなかった自分の力の限界を、嫌が応にも分からせてくれる。100回戦えば100回死ぬ、そんな相手。
既にベルドは死人なのです。絶対に勝てないのだし、自分の限界を知ったのだから。自分の為の戦いは終わっているのです。
それでもベルドは魔神王を倒すつもりです。それはフラウスの為です。フラウスという女を心底気に入っているからです。
ナシェルの場合は金を抜きにして使われてやってもよかった。この男にそう思わせるなんて、やはりナシェルは稀代の王の資質の持ち主でした。
しかしフラウスの場合は、フラウスを自分の女にしたいから戦っている。なんて純粋で単純で、混ざりっ気のない動機でしょう。。
ベルド曰く、フラウスは心まで裸になれる女なんだそうです。無償の思いやり、それって人が俗に愛というものではないんでしょうかね?
ベルド「愛しているとかではなく、とにかく自分の女にしたいと思う。そのためなら、望むものをくれてやるのが、男というものだろう。
この呪われた島が望みだというなら征服するし、魔神王の首が欲しいのなら倒してみせるまでだ」
……カッコイイ……。そこまで一人の女に尽くそうとするなんて、やっぱりそれは純愛です。そしてスケールがとにかくデカイ。
ベルドが求めてやまなかったもの。戦や女や酒では満たされず、探し続けた答えが、案外フラウスだったのかもしれません。
そうしてベルドとファーンは、防御を捨てて攻勢に出ます。完全に相手を信じているのです、自分が死んでも倒してくれると。
それを知ったフラウスは、恐怖を感じていました。誰も魔神王を倒す事が出来ず、ベルドとファーンほどの戦士が犠牲になろうとしている。
フラウスもまた、モス諸国の王と一緒でした。戦後を意識し、魔神王の脅威を考えていなかった。甘く見ていたのではなく、思慮が浅かった。
この島を統一する事なんて、ファリスにとってはどうでもいい事なのかもしれない。この魔神王を倒す人物こそが真の英雄です。
そしてフラウスは、マスケトで一度ベルドを闇から救っている。もしかしたら、あの時にフラウスは神託を果たしていたのかもしれない。
ベルドという英雄に、愛する男性に、甘えていただけなのかもしれない。自分の願望を神の意思と取り違えていたのかもしれない。
神託というのは酷く曖昧です。正しくそれを解釈する事は困難だし、下手したら神託そのものが幻想だったかもしれません。
フラウスの新たな解釈が神託の真実かどうか、分かりません。しかし彼女は一つ確実な真実を持っている。ベルドに死んで欲しくない。
その時魔神王は、ベルドを狙って"魂砕き"を振り下ろしました。ベルドはそれを受け止めるつもりでしたが、そこにフラウスが割り込みます。
そしてフラウスの胸を"魂砕き"が貫いたのです。フラウスは最後の力を振り絞り、"魂砕き"を抱え込みました。
その一瞬の隙を突いて、ファーンの"法の剣"が魔神王の腕を切断。そしてベルドは"魂砕き"を引き抜き、フラウスの返り血を浴びました。
ベルド「これで、終わりだ」
そしてベルドの"魂砕き"が魔神王の左胸を貫きます!!暫くは何も起きなくて不安になりましたが、やがて変化が訪れます。
魔神王の身体から紫色の煙が上がり、リィーナの身体は蒸発するように消滅。魔神王の魂は砕け散りました…………。
フラウスはその命を終えようとしていました。ニースの癒しで胸の穴は埋まりましたが、魂が抜けていくようでした。
しかしそれは砕けたというか、昇華したといった感じでした。現世での使命を終えた聖女の魂が、至高神の下へ行こうとしているのです。
そんなフラウスに、ベルドは涙を流さずに語り掛けました。この島を征服して厳格な王国を作ってやると、呼びかけました。
それは彼がフラウスにしてやれる唯一にして最大の事なのかもしれません。ベルドは純粋で強くて、不器用ですから。
フラウス「わたしの願いは……もう……ひとつだけ……」
ベルド「言ってみろ」
フラウス「生きて……ベルド……あなたらしく……」
それがフラウスの最期の言葉でした。生き残った6人はそれぞれのやり方でフラウスに黙祷を捧げました。
フレーベは兜を取り、カーラは仮面をはずし。ニースは自分は無力だと涙を流しますが、それはこの場にいる者全員です。
人間の限界を超える彼らですら、限界を超えてもやはり人間であり、魔神王には勝てませんでした。それでも勝てたのだから、奇跡です。
フラウスはこの為に、魔神王を滅ぼす為に遣わされた聖女だったのかもしれません。彼女は愛と信仰を成功させて逝ったのです。
ニース「これで、ロードスは救われたのでしょうか?」
ウォート「残念だがね……。魔神戦争は、まだ終わってはいない。ロードスにとっても、わたしたちにとっても……」
ニース「いつ、終わりましょうか?」
ウォート「答えなければならないかね」
ニース「いいえ……」
こうして魔神王を滅びました。生還した6人は六英雄と讃えられ、吟遊詩人達はこぞって彼らの歌を作りました。
生き残った魔神の討伐に更に2年を費やし、新王国暦476年、公王マイセンが魔神戦争終結を宣言。勃発から3年後の事でした。
"至高神の聖女"フラウスは正式に聖女に列され、聖フラウスとして伝記が記されました。六人の英雄達もそれぞれの道を歩み始めます。
そして時は三十余年流れました。新王国暦510年、英雄戦争勃発。あの日あの時終わらなかった魔神戦争に、終止符を打つ戦いでした。
★
新王国暦510年、この年に魔神戦争に続く近世ロードス第二の大戦「英雄戦争」が勃発します。
500年に六英雄の一人"赤髪の傭兵"ベルドがマーモの蛮族や妖魔を従え、マーモ帝国を建国。この帝国が侵略戦争を開始したのです。
早々にカノン王国が滅ぼされ、他の諸国は対マーモ連合軍を結成して対抗しました。しかしアラニア・モスは内乱を理由に脱退してしまいます。
残されたヴァリス・フレイム軍は、ロイドの郊外でマーモ軍を迎え打ちました。詳細は「灰色の魔女」を参照してください。
この大戦の中心にあったのは、六英雄の2人の戦士でした。ファーンとベルド。かつては仲間であり、友でした。そして今も、それは変わらない。
正反対の道を歩んだ二人でしたが、目指すものは一つでした。それはロードスの平和。あの戦争によって彼らはそれを目指さざるを得なくなった。
彼らには野心などなかった。しかしその名声が、人々の野心を掻き立てた。そしてそれを受け入れる理由が、彼らにはあった。
"魔神王殺し"の名声は、勝利の興奮が冷めてみれば脅威でしかなかった。魔神王を倒しても、それは新たな脅威を生むだけでした。
ウォートは迷宮の守人になり、フレーベは石の王国に篭り、ニースは最高司祭となり、カーラは続けて灰色の道標を示し続けました。
いずれも歴史の表舞台からは消えたのです。しかし歴史に留まったのがベルドとファーンでした。2人は偉大な王の道を選んでのです。
"白き騎士"ファーンは496年にヴァリスの"英雄王"となりました。聖剣を携えた聖王として、連合によってロードスの平和を目指しました。
"赤髪の傭兵"ベルドは500年にマーモの"暗黒皇帝"となりました。魔剣を携えた魔王として、統一によってロードスの平和を目指しました。
凄惨な戦いは累々たる屍を築き、生き残った僅かな兵に囲まれて、両雄は一騎打ちを始めました。いつかの最も深き迷宮以来の再会でした。
殺し合いの筈なのに、その戦いは至高の競技。戦場であるにも拘らず、見る者を圧倒して釘付けにしてしまう戦いでした。
こうして命のやり取りをしている時ですら、2人は友情を感じている。いつかのナシェルの館での稽古の様子が、重なって見えます。
正直な話、2人はデータだけ見ると互角ではない。超英雄ポイントの量がベルド20でファーン5という時点で、ベルドが圧倒的に有利。。
ベルドの攻撃力は18で回避力13(普通の金属鎧)。ファーンは攻撃力16で回避力19。装備込みの能力はファーンの方が有利。
しかし超英雄ポイントで自動的成功にできる時点で、ベルドはファーンに粘り勝ちする。加えて"魂砕き"の魔力をファーンは何発も耐えられない。
何しろベルドが"魂砕き"を使えば20点以上のダメージが精神にもいきます。これでは2〜3発でファーンは倒れてしまいます。
ベルドが攻撃に超英雄ポイントを使えば、ファーンも使わざるを得ない。すると先にポイントが尽きてヒットし始めるのはファーンですしね。
それでもやはり、2人は互角なのです。データがそうであっても、2人は互角。友でありライバルでもある対となる英雄なのです。
その時、六英雄達はそれぞれが何かを感じていました。そして魔神戦争の途中でその姿を消した、"伝説の英雄"もいました。
その男は戦場のすぐ近くに立っていました。"亡国の王子"にして"天空の騎士"、"栄光の勇者"にして"魔神王"。彼は色々な名で呼ばれました。
ナシェル「ベルド隊長、ファーン卿……。申し訳ありません。お二人に、このような役割をお願いしてしまって……」
聡明な彼は理解しています。魔神王を倒した者は新たな脅威となり、その名声は人を超えた英雄の道を歩ませてしまう事を。
本当ならば、戦争の引き金となった彼が全ての決着をつけたかったのです。しかし彼はもう歴史には上がってこれない。ここから見てるしかない。
ウォートとカーラは最も深き迷宮の入り口に建てられた塔から、"遠見の水晶球"を通してこの光景を眺めていました。
カーラには、何故2人が敢えてこの道を選んだのか分からないようです。彼女の思考は500年以上前に止まったままですからね。
ウォートはそんなカーラに冷ややかな態度を取っていました。そんな彼も魔神戦争の被害者の1人、しかしそれはカーラも同様です。
カーラはあの時、天秤を保とうとする余り、一人の若者の未来を奪った。彼女は上手くやったつもりでも、それは彼女の運命を決したのです。
運命とはあざなえる縄の如し。一つを解きほぐしたと思えば、もう一つを結んでしまう。彼女は15年後に滅ぼされるのです。
フレーベは石の王国にいました。今は多くのモンスターが住む危険な廃墟ですが、魔神戦争を生き抜いた彼には何でもない環境です。
先日、パーンやディード達がこの廃墟を抜けてウォートの館へ向かうのを、彼は見たようです。彼らが次の世代の担い手だと感じたようです。
迷宮でニースが言ったように、人間は命を繋ぐ生き物。妖精が定命の者になったのは、人と交わってその営みを行う為かもしれません。
彼はこの15年後に、南のマーモに興ったマーモ公国のドワーフ王となります。彼もまた、再び人と交わっていくのです。
ターバのマーファ神殿では、ニースが"真実の鏡"を使ってベルドとファーンの戦いを見ていました。最後の別れの為に。
彼女はずっと夫をとらず、独身でした。最高司祭の仕事をこなす以外は、隠棲したかのように過ごしてきました。ウォートは結局……。
ニースやウォートは人々の脅威にならないよう、伝説の存在となりました。その選択が正しかったかどうか、彼女にも分からない。
ニース「さようなら、ベルド。さようなら、ファーン」
そして彼女は鏡の魔力を止めました。そして彼ら2人の事を任す女性に「二人をよろしく」とだけ、心の中で呟いたそうです。
やがてベルドとファーンの戦いは最終局面を迎えていました。両者が最後の力を尽くした剣を振るおうとしていました。
今英雄の時代は終わりを告げようとしています。人間を越えた英雄がぶつかって消える事で、最後の役目を果たそうとしている。
2人の英雄が正反対の道を歩みながら、同じものを目指した。だから2人がぶつかって消えるのは必然ですらありました。
次の世代のロードスを担うのは、この場に居合わせた新しい勇者達です。パーン、アシュラム、カシュー、スレイン、エトらです。
ベルド「どうした、息が上がってきたぞ……」
ファーン「貴公が簡単にくたばってくれんからだ。わたしは正しく年老いているのだ。あの頃と同じようにしないでもらいたい」
ベルド「観客たちは十分に満足しただろう。そろそろ、決着をつけるとするか」
ファーン「承知……」
実は"魂砕き"の持ち主であるベルドは、あまり年を取っていないのです。これもまたこの魔剣の魔力なのです。これが勝負の分かれ目になる。
ファーンは横からの攻撃をフェイントとして空振りさせ、一回転して縦に斬り付けてファーンの"法の剣"がベルドの肩を斬り裂く!
どうやらファーンはベルドの癖を知っていて、敢えてずっとその癖をついてこなかった。何処までも正々堂々とした聖騎士でした。
しかしファーンはベルドを殺す事ができませんでした。老いです。続けてベルドの"魂砕き"がファーンの胸板を貫く!
ここにきて肉体の年齢差が勝負を分けました。結局生き残ったのはベルドでした。ファーンは倒れ、周りでは乱戦が再開されます。
ファーン「しかし勝ったのは、わたしだからな……」
ベルド「このぐらいのことで、砕けるような魂ではあるまい。オレに勝ったということを、あいつに自慢してやるといい」
この一騎打ちは勝負に勝ったのはファーン、生き残ったのはベルドでした。あのベルドが不覚を取るなんて、やはりファーンは業師でした。
それでもベルドはこの戦いの人生を終える事はできません。終えられるとしたら、それは死ぬ時です。
続けてフレイムの"傭兵王"カシューが勝負を挑んできました。ファーンにも負けず劣らずの戦士でした。
しかしベルドは最早高揚感を感じませんでした。魔神王やファーンと決着をつけ、もうベルドの戦いは終わった。
その時何処からともなく飛んできた一本の矢が、剣を持っている側のベルドの肩に突き刺さりました。間もなく毒が回ってきました。
ベルドはカシューの顔を見て、全てを悟ったようです。その矢はカシューが射らせたものだと。それは他人は知らない秘密ですがね。
この時カシューはどんな顔をしてたんでしょうね。卑しい顔をしてたら堪らなく嫌ですが、全てを分かった上での苦渋の顔ならまだ許せる。
そしてベルドの首が宙を舞いました。最期がこんなものだと、可笑しくて堪らないといった表情だったそうです。カシューは何を思うのか。
結局この戦争はベルドとファーンの2人の英雄が倒れ、どうしようもない泥沼の戦いになって、両者多大な被害を出しました。
「勝者なき戦い」とも呼ばれるこの戦いは、偉大な六英雄同士が戦った事で、後世の人は「英雄戦争」と呼ぶようになったのです。
★
命を落したベルドの魂は闇の中にいました。闇は自由と可能性の象徴、ファラリスの教義ではそういう事になっています。
注意して欲しいのは、闇も光と同じく実在だという点です。影のように光によって生まれた訳でなく、それそのものが存在するのです。
闇はゆらめき、うねり、発生と消滅を繰り返している。闇の中では形状は無意味、だからベルドの魂は闇と同化しつつありました。
対する光は法と秩序の象徴。光を絶対とし、全てを相対とすれば、森羅万象は体系化し、神の真実が明らかになるのだそうです。
ファリスの司祭曰く、光こそが絶対の世界が存在するのだそうです。それはやはり、ファリスの御許とも言える天界なのでしょうか?
これらの話がフォーセリアにおいて何処まで真実なのかは、正直分かりません。あるいは人の生み出した妄想の概念かもしれません。
闇と同化しつつあったベルドの魂は、遠くから自分に呼びかける女性の声を聞きました。彼女は言いました、「今こそ神の啓示を果たす」と。
対するベルドはもう死んだのだからと、取り合おうとはしませんでした。死んだら虚無となる、それはファラリスの教義ですね。
しかしベルドはファラリス信者なんかではない。彼にとって、神は戦う事はあっても尊ぶ対象ではない。不遜ではあるけど、それが彼らしい。
ベルドが全てを忘れて虚無となろうとするのに、あくまでもその女性は食い下がってきます。流石のベルドも嫌そうでした。
ベルド「口やかましい奴だな。オレがどんな生き方をしようとおまえには関係あるまい」
女性「関係はあるわ。だって、わたしはあなたの女なのだもの」
ベルド「オレの女?フラウスか!」
その名を思い出した時、光が闇を照らし、光が闇に取って代わります。そうなるとベルドも仕方なく自分に相応しい形を形成しました。
それは魔神戦争の時の、若き日のベルドの姿でした(推定)。年を取ってもやはり彼の魂は、このはちきれんばかりの生命力が似合っている。
そこには輝く翼を生やしたフラウスがいました。……天使?。まさか昇華した彼女は、ファリスの従者のような存在になったとでも?
彼女の神託の真の意味は、そういう事だったのか?。あの世とこの世の二重の意味があったのか?。もうどうでもいい事ですが。
久しぶりの再会なのに、ベルドは相変わらず口が悪かった。「その翼は魔神王から奪って、洗濯でもしたのか?」だそうです(苦笑)
フラウスはベルドの手を取りますが、何で来たんだ?と口喧嘩の耐えない夫婦のような会話を続けようとします。相変わらずですね。
ベルド「ここは、おまえが来るところじゃないだろう。ファリスの天国とやらで、ファーンの老いぼれた姿を見て、笑ってやればいい」
ファーン「誰が老いぼれだ?」
そこにはやはり、魔神戦争の頃の姿をしたファーンがいました。あんたら死んでも口喧嘩するつもりですか、まったく仲がいいんだから(苦笑)
この場に留まっていると、ベルドの魂は闇に呑まれる。そして魔神として魔界に転生する。それを救う為に、フラウスは魂の導き手になったのです。
ベルドほどの魂なら魔神王にもなれるそうです。あの日倒した魔神王は、ベルド自身だったのかもしれませんね……。
ファリスの御許へ行くことに、ベルド自身驚きを隠せません。大勢の人間を殺した自分が、何でそんな大層な所へいけるんだ?と。
しかしベルドは魔神王を倒してロードスを救った。それにファリスは全ての罪を許す。ベルドは決して邪悪ではないのですしね。
ファリスにとっては、そんな事は些細な事なのかもしれません。単純に純粋なベルドの魂を、ファラリスには渡したくないだけなのかも。
色々と話をしますが、ベルドはやはり楽しそうでした。久しぶりにゆっくり友達と話せるのだし、嬉しいでしょうね。
フラウス「話は、あとでゆっくりとね。わたしたちはもう、死すべき定めの者ではないのだもの……」
そしてフラウスはベルドとファーンの手を取って、天に昇っていったのです………。
まるで宗教画の中のような光景です。全ての役目を終えて、2人の英雄が1人の聖女に導かれて、天に昇っていく光景なのですから。
そこでフィアンナ姫は目を覚ましました。彼女は父ファーンの葬儀の前に、泣き疲れてファーンの棺に縋り付いていたのです。
英雄戦争の少し後、ヴァリスでは偉大な英雄王の葬儀の前でした。そこにやってきたのは、姫が頼りにするエトでした。
フィアンナ「……父の夢を見ました」
エト「ファーン王の?どのような夢だったのですか?」
フィアンナ「父様が天に召される夢でした。父様のもっとも仲のいい御友人たちと……」
これはただの夢ではない。夢ならば、何故彼女が若かりし頃の3人の容姿を見れたのか。これはきっと、魂の世界を垣間見たのです。
そうして姫の語った話は、聖フラウスの伝記の付章として後世まで残されたそうです。今伝説は、終焉を迎えました………。
★1〜2
このお話はフラウスが神官戦士になる前のお話です。新王国暦468年、魔神戦争が勃発する5年ほど前。舞台はヴァリスの某所です。
この時のフラウスは12歳。両親が亡くなり、とある農場へ引き取られました。そしてその農場で使用人として働いていたのです。
父親が5年前に亡くなり、母親も先月に病で他界。そこで遠縁に当たる農場主の農場に引き取られたのですね。なかなか不憫です。
彼女が具体的に何処で産まれたのかは定かではありませんが、多分ヴァリスなんでしょうね。この時点で既に彼女は敬虔なファリス信者です。
泥に塗れ、ボロを着て、農作業に従事するフラウス。彼女の一般技能:ファーマー1というのは、きっとここで身に付いたんでしょうね。
そういえば漫画では神殿に捨てられてましたっけ。寒空の下凍死せずに拾われ、神殿で育った孤児でした。いずれにしろ孤独な身の上です。
アレン 18歳
ファイター?、セージ?。ヴァリスの聖騎士。少し前事故で父親が現役を退き、家督を次ぎました。聖騎士らしい高潔な人柄の持ち主です。
ありふれた田舎娘に過ぎなかったフラウスと出会い、彼女の聖女の資質を感じ、授かったという神託を果たせるように協力しました。
最近のヴァリスの腐敗を嘆いています。狂王ワーレンに仕える気は起きず、ファーンが王位に即位するまで国政には参加しないつもりです。
アレンはワーレン王や有力貴族への挨拶の為にずっとロイドへ行っていました。今回のお話は、彼が領地に帰って来た所から始まります。
彼は従者を連れて、領地の巡回などをしていました。領民大事の人なので、自分で領民と触れ合う事を欠かさないタイプのようです。
これは結構大事な事です。ナシェルも言っていましたが、こういう社会では通常、市井の情報は為政者にはすぐ回ってきません。
だから直に赴いて話を聞く事が大切なのです。あと領民と触れ合う事は、統治を上手く行う事にきっと役立ちますからね。地味に重要です。
中世の騎士の領地は、大体1日あれば馬で往復出来るぐらいが理想だったといいます。情報技術が発達していない社会ではそれが適度でした。
あと何か謀反とかを起こせばすぐに領主が飛んでくるぐらいでないと、領主が舐められる事もあったとも言います。
アレンは領内で最大の農場へ立ち寄りました。誰もが笑顔で挨拶してくる所を見ると、彼の父親は良い領主だったようですね。
アレンはほとんど必ず父の巡回に同行していたので、皆顔見知りです。しかし1人だけ見慣れない少女がいました。彼女がフラウスです。
フラウスの姿を見た時、アレンは何かを感じました。美しい娘だと零していました。それは身なりではなく、魂の高潔さを言っているようでした。
なかなかいい勘をしていますね。彼自身も敬虔な信者だそうですし。他の人には普通の娘に見えるのだから、益々いい勘をしています。
瞳の輝き、それが普通の人とは違うそうなんです。目を見て人が分かるかどうかはともかく、彼は間違いなくそう感じたのです。
アレンは農園主のヘルムに昼食に誘われたので、快くそれを受けました。食卓には使用人が全て揃っていますが、フラウスだけいません。
フラウスが気になるアレンは事情を尋ねると、嘘をついたので家畜小屋で暮らす罰を与えているのだそうです。別に虐待とかではありませんよ。
ファリスでは嘘は罪悪です。どうやらヘルムも敬虔なファリス信者のようなので、嘘をついた事へ罰を与えるのは当然なのです。
その嘘とは何かというと、魔物に家畜が攫われたのだそうです。ヘルムはフラウスが怒られたくないから、そんな嘘をついたと思ったのです。
どうやらこの土地は極めて平和な土地のようで、そういったモンスターの類が現れる事はまずないんだそうです。それなら疑うのも無理はない。
しかしフラウスの瞳の輝きを感じたアレンは、一概に嘘と決め付ける気にはなりませんでした。そこで家畜小屋に赴いてみました。
するとフラウスは、一心に食前の祈りを捧げていました。かなりの長時間集中していた彼女ですが、やがてアレンに気づきました。
彼が領主だと知っても丁寧に挨拶するだけで、特別畏まったりはしません。そういった所にも、アレンは彼女に特別な何かを感じます。
その長い祈りに、アレンはフラウスが嘘をついていないと確信しました。そして魔物の話の詳細を聞きました。魔物は巨大な人影だったとか。
もし領内に魔物がいれば、それは退治するのが領主の務めです。だからアレンはとても真面目にフラウスの話を聞きました。物分りのいい人です。
そしてアレンは魔物を倒す事を誓いました。魔物さえ退治すればフラウスの潔癖も証明できますしね。まぁフラウス自身はどうでも良さ気ですが。
例え信じてもらえなくても、ファリスは全てお見通し。だから信じてもらえなくても構わない。でも魔物は邪悪なので倒して欲しいのです。
そのハッキリとした態度には、既に聖職者の風格を漂わせています。こういう人物こそ、ロイドの大神殿で修行を積むべきです。
しかし昨今の腐敗した教団では、多額の寄進がないと修行すら受けられないのです。つくづく腐った構造を感じますよね。
現在ではジェナートが既に改革を進めようとしています。彼は既に高司祭で、その妥協の無さに危機感を感じている司祭もいるとか。
この2年後にジェナートは蘇生の奇跡"リザレクション"を使えるようになるそうです。つまり9レベルになるという事です。
現在の最高司祭のメイヤーですら、"リザレクション"は使えません。ジェナートがいかに微妙な立場か何となく察せますよね。
★3〜4
早速従者を連れて魔物の捜索に乗り出したアレンでしたが、5日目にして魔物を発見します。オーガーでした。なんか普通に出ましたね(苦笑)
オーガーは5レベルの巨人族です。フォーセリアでは巨人は神々の末裔ですから、随分堕ちた神々の末裔もいたものですよね。
食人鬼とも呼ばれ、人肉を好む肉食の魔物です。ゴブリンの集落の支配者をしている事もありますし、低いながらも知性があります。
ゴブを食料にする代わりに集落を守るのですが、食糧不足や病気が原因でゴブを食い尽くすと、人里まで下りてくる事もあるとか。
それは自然の摂理の一部と言えるかもしれません。何故ならオーガーがゴブを食うことで、爆発的な繁殖力をもつ彼らを抑制するのですから。
とはいえ、ゴブ達にとってみたら恐るべき暴君と言えます。オーガーの攻撃なら、ゴブリン程度は2発で死にますからね。
人間社会に出てきても、村一つ全滅させる程度の力は持っています。まぁ新米冒険者のボスキャラといった所でしょうか。
アレンが捜索に乗り出したのは正解と言えます。後に起こる魔神戦争の魔神達ほどの脅威ではありませんが、農民達には十分脅威です。
アレンはこのオーガーを退治するべく、従者の援護を受けつつ対決しました。ちなみに、従者の装備はハルバードのようですね。
オーガーの怪力を相手にしても、アレンはよく戦っていました。これが初陣ですが、父親から鍛えられているので十分渡り合えています。
従者はハルバードの鉤の部分を使ってオーガーを転ばそうとしますが、その怪力に引きずられて体勢を崩してしまいました。
ハルバードには4つの機能があります。アックスの「切り」、スピアの「突き」、ウォーハンマーの「刺し」、そして相手を転ばす「払い」。
「払い」の場合、攻撃が命中した上に、更に攻撃の達成値を目標に回避を行って失敗しないと倒れません。つまり2回回避に失敗しないと。
ところがオーガーの場合は根本的に倒れない事になってます。こういった巨大生物が相手では「払い」は通用しないんですよね(苦笑)
アレンは従者を庇って棍棒を受けますが、どうも盾を持っていた左腕を痛めてしまったようです。ヒビでも入ったかもしれません。
しかし同時にオーガーへの攻撃も命中させました。オーガーは堪らず逃げ出しましたが、まだ戦えるので放って置くと大変危険です。
アレンは馬を取りに戻り、その間従者にオーガーを尾行させます。追いついてみると、オーガーはフラウスのいる農場へ爆走中でした。
農場の方では幸い見通しが良かったのか、農場の人々は襲い掛かってくるオーガーに気づいて、逸早く逃げ始めていました。
しかしフラウスだけは逃げません。突進してくるオーガーの進路上に面と向かって構え、その場を頑として動こうとしません。
フラウス「わたしは逃げない。あんな邪悪な魔物には、もう何も与えるわけにはゆかないもの……」
するとどうでしょう、フラウスと向き合ったオーガーは石になったように硬直してしまいました。これも彼女の聖女の資質の片鱗でしょうか。
ちなみにオーガーは農業用の大鎌などを持っています。こんなものを振り回されたら、人間の首なんてそれこそ稲を刈るように摘み取れます。
そこに駆けつけたアレンは、オーガーと壮絶な一騎打ちを始めます。やはり左腕はイカれてるので、右腕一本の戦いです。
やがて彼は勝負に出ました。思い切って出した突きが、オーガーの胸をぶち抜きます。当然ながらアレンは勝ったと確信しました。
しかしオーガーは強靭な生命力を持っていました。最後の力を振り絞って、アレンの頭部を拳で痛打しました。彼はそれで意識を失います。
次にアレンが目を覚ました時、彼の怪我は消えていました。どうやらフラウスが治してくれたようです。明らかに神聖魔法ですよ。
フラウスは魔物を退治してくれた領主様のために、一心にファリスに祈ったのです。そしてファリスはその祈りに応えた。
アレン「あなたは、聖女であられたのか」
神聖魔法が使えたからといって聖女であるとは限りませんが、その資質があるように感じるのもまた事実です。フラウスはそういう娘です。
自分が聖女であると言われたフラウスは、ファリスとの約束を、神託を思い出します。それを果たさねばならないとアレンに訴えます。
フラウス「このロードスは近く、大きな戦乱に包まれます。この戦乱を鎮め、この島に平安をもたらす英雄を探し出せと。
そして、その英雄を閉ざす、深い闇から光の下へ導かなければ……」
彼女はそういう声を聞いたのです。多分今まで実感が持てなかったんでしょう。しかし今は、それが現実であったと確信出来たのです。
事が事だけに一瞬アレンは信じられませんでしたが、直ぐに思い直しました。人は自分の理解を越えた時それを疑う、ただそれだけなのだと。
そしてフラウスはアレンの協力でロイドのファリス大神殿へ修行へ行きました。魔神戦争が勃発する、5年ほど前でした。
★1
今回のお話はあのヴァリスの離宮に養われていたミノタウロスの話です。本編では巧みに対決シーンをカットされたエピソードです。
「亡国の王子」にて粗筋を書いたので、詳細はそっちを参照してください。ワーレン王はアレス王子をミノタウロスに殺され、発狂します。
ワーレン王はミノタウロスを王子と思い込んだのです。しかしその王子に関する事以外では、彼は以前と同じ善王でした。
王宮と教団は話し合い、ミノタウロスを三角州の離宮に閉じ込める事で妥協しました。そうして10年もの間、ミノタウロスを養ったのです。
冒頭ではワーレン王が王子を連れて狩りに出かけている所から始まります。騎士にとっては、野山を走って狩りをするも訓練の内なのです。
ワーレン王はアレス王子を溺愛していました。50過ぎてようやく授かった我が子が可愛くて仕方なく、立派な聖騎士に育って欲しいと願いました。
アレス王子の教育係を勤めたのは近衛騎士オドネルという男です。この役に就くからには、名実共に優れた騎士なのでしょうね。
オドネルもまた、アレス王子の将来を楽しみにしていました。しかし彼と王子が二人っきりになった時、悲劇が起きたのです。
2人は野生のミノタウロスに遭遇。オドネルは不意を打たれて棍棒で強かに殴られ、落馬して失神。その間に王子はミノに殺されたのです。
オドネルが起きた時は、全てが終わっていました。食人のミノタウロスに王子の遺体は食い荒らされ、ワーレン王は呆然としていました。
他の聖騎士達がミノを討ち取り、トドメを刺そうとした時でした。ワーレン王は彼らに待ったをかけ、王子の手当てをするように命令します。
手当てとは言っても既に王子は死んでいます。頭を潰され、内臓を食い荒らされています。これでは"リザレクション"が必要です。
しかし今のファリス教団にはその奇跡を行使できる者はいないのです。よって、王子を助ける事は不可能なのです。にも関わらず……。
ところが、ワーレン王の視線の先にあったのはアレス王子の遺体ではありませんでした。瀕死のミノタウロスだったのです。
オドネルは背筋が凍りました。王の目には狂気がうかがえる。他の聖騎士達は言われた通りに王子の方に向かいます。
オドネル「何をしている。殿下は、貴卿らの目の前にいるではないか?」
彼もまた、ミノタウロスを見ていました。これには聖騎士も抗議しますが、王もオドネルも聞きません。あくまでもミノを見ています。
ワーレン「怪物の骸(王子)など捨てて置けばいいのだ。瀕死の王子(ミノタウロス)の手当てを早く」
こうして異例の事態が発生したのです。オドネルはあくまでも王に従いました。そして10年間、ミノタウロスは保護されたのです。
★2〜3
そして話は10年後に移ります。"白き騎士"ファーンと"至高神の聖女"フラウスは、ミノタウロスの討伐を命じられました。
この10年ワーレン王はいたって普通に王としての勤めをこなしてきました。そして誰もが、あの事は忘れかけていました。
王の中ではアレス王子は騎士修行をしている事になっています。ソレが終わるまでは自分に合わないという、立派な誓いを立てているとね。
ところが今になって、ワーレン王は20歳になった王子に嫁を取らせたいと言い出したのです。またも王宮と教団は揺れました。
協議の結果、王宮と教団の代表者であるファーンとフラウスがその役に任じられました。ジェナートのファーンを王位に就かせる意図もあって。
表向きフラウスが嫁の役で、ファーンはその護衛です。2人は登城して王に会い、王子に嫁ぐという名目で挨拶をしました。
フラウスは無理に笑っていましたが、王は相好を崩して喜んでいました。自分の愛息が美しい嫁を貰うのだと、本当に嬉しかったんでしょう。
フラウスは怒りと羞恥に苦しんでいました。いつ激昂して王に怒鳴りつけるかと、ファーンはドキドキしてたでしょうね(苦笑)
しかしワーレン王の様子を見ていると、本当に狂っているのか分からなくなりますね。果たして狂人はこういう態度を取るものか?
そして2人は例の三角州へ向かいました。ロイドの街がスッポリ入るような面積なのですが、現在は離宮がある為に誰も住んでません。
この為だけに三角州に住んでいた漁師に退去命令が出たんでしょうね。その人達への補填はちゃんとしたんでしょうか。
離宮に赴く前、フラウスはおもむろに着替えを始めました。いきなり裸になったものだから、ファーンも驚いていましたよ(苦笑)
田舎で育ったからあまりそういう事は気にしないんですね。ファーンは見てはいけないと思っていても、目を離せなかったとか。
フラウスが着替え終わると、ファーンは両膝をついて懺悔します。邪な気持ちを抱いたと、フラウスに許しを乞うたのです。
本当に真面目ですよね、そんな事言わなきゃ分からないのに。フラウスは言われてようやく気づいてました。ツッコミ役不在の哀しさ(笑)
聖女と言っても、女性として美しいと思って貰えるのは、やはり嬉しいのです。それよりも、ファーンにもそういう所がある事が分かったのが嬉しい。
離宮に行ってみると、退去命令が出たはずの離宮詰めの聖騎士がいました。彼こそはあのオドネルだったのです。10年間ここにずっと……。
この離宮は迷路になっているので、その案内役に残ったと言います。少々不審な所はありますが、ファーンはそれ以上聞きませんでした。
彼はジェナートがこれを足がかりに、自分を王位に就かせようとしている事は分かっています。これだと下手したらそれがオジャンになるとも。
ファーン「十年もの間、つらい任務に就いていたのです。彼らにとって、魔物を退治することは、その任務に終止符を打つという意味があるのです」
何処まで人がいいんだ。自分が王になるチャンスを不意にしてもいいから、当事者である彼らに、心に決着をつけさせようというのです。
政治的な発想が出来る男でありながら、それだけでもない。むしろ政治的な発想しか出来ない男よりも、彼の方が王に相応しいのかもしれない。
"百年に一人の騎士"という呼び名は伊達ではないのです。実力も人格も騎士の理想と言えるからこそ、人々はファーンをそう呼ぶのです。
★4〜6
オドネルの案内で離宮に踏み入ったファーンとフラウスでしたが、本当にこの離宮は迷路になっていました。これは2人だけだと迷ってたかも。
この話がギリシア神話のミノタウロスの話をモチーフにしている事は分かりきっていますが、離宮もそれに倣って複雑ですよ。
神話でもミノタウロスを閉じ込める為に迷宮を造ったわけですが、それは一度入ったら二度と出られない迷路の宮殿でした。
その奥にはラブリスという両刃の斧が置かれていたので、「ラビリントス」といいました。英語の迷路ラビリンスの語源です。
ミノが斧を持っているイメージが強いのも、恐らくはこのラブリスから来ているんでしょうね。流石にヴァリスでは生贄は捧げてませんが。
この離宮は石の王国のドワーフが造ったものです。通路と扉が複雑に入り組み、足音が石の壁に何重にも跳ね返り、錯覚すら起こします。
天井と壁には随所にステンドグラスが入れられ、しかも色つきなので、幻想的な雰囲気すら醸し出しています。いい仕事してますね。
話を聞いただけで図面も引かずに造ったというのだから、やはり彼らの建築技術は随一ですよね。設計ミスとかきっと無いんでしょうね(苦笑)
オドネルはこの迷宮を歩いていると、精神世界を歩いているような気分になると言っていました。真実、偽り、行き止まり、堂々巡り。
そう言われると、確かにそう感じます。ドワーフがワーレン王の話を聞いて造ったのですから、そういった事を隠喩していても不思議はない。
オドネルは疑問を口にしました。本当にワーレン王は狂っているのか?と。果たして狂人が国を治める事はできるのかと。
フラウスは狂っていると断言しました。魔物を王子と思い込み、離宮を造るのは普通の人間とは思えないという事も、また事実ですから。
オドネルは人の数だけ現実があるのではないかと言っていました。現実というものは絶対ではないのではないかと。
人は多様であり、人の心もまた多様です。事実は一つでも、心はその事実を無限個の真実へと枝分かれさせる。それが現実の隔たりです。
自分の見ている世界が、必ずしも他の人の見ている世界と一緒とは限らない。正気と狂気の境界線など、本当はないのかもしれない。
人間の不完全な認識力や知覚力、宗教観、思想、記憶などは確かにそれを起こす。そうでなければ、現実に意見の相違は起こりません。
フラウス「真実はひとつです。人間の弱い心が、現実を歪めているだけですわ。
至高神ファリスが、天界からご覧になられている真実こそ、唯一にして無二なのです」
言いたい事は分かりますが、それってオドネルの言葉を否定しきれてませんよね。現実を歪めている、だから人の数だけ現実があるのだから。
そんな事はオドネルも分かっていると思いますよ。だからこそ、こうも彼は自嘲気味なのですから。自分の力の無さを嘆いてもいるのだから。
それに神とて完全ではない。人間とは比較にならないほど優れているのは確かですが、それとて完全ではないから神々の大戦は起きたのだし。
オドネル「偉大なる至高神が、な。神とは、なんと残酷なのだろうな」
フラウスは憤慨しますが、実際にワーレン王と彼らに起きた悲劇は、残酷としか言いようがありません。それをファリスはどう考えているやら。
やがてオドネルはアレス王子の、ていうかミノタウロスの寝室に到着します。扉を開けてみると、騎士が4人ほど待ち構えていました。
そこは寝室の前の、騎士達の詰め所のような所でした。オドネルは同僚達と合流すると、ファーンとフラウスと戦おうとしました。
ファーンは彼らに戦いを任せると説得しますが、彼らは聞き入れません。あくまでもワーレン王の命令に従って侵入者を排除するつもりです。
それを薄々感じていたから、ファーンの様子がおかしかったのです。彼らはもう名誉はない死人も同然、あくまでも王命に従うのです。
彼らの気持ちを考えると、非常に複雑で切なくなる。10年前に守るべきものを守れなかった後悔。それでもなお生き続けた苦しみ。。
現在の王はあくまでもワーレンだからそれに従うというのは、実際は名目です。本当はただ、王子を守りたかっただけなのに……。
では、彼らは狂っていると言えるのでしょうか?。全てを理解した上で、敢えて狂気の行動に身を委ねようとする彼らは狂っているのか?
狂気の行動ではあっても、狂気の心ではない。彼らはただ弱かっただけ、自分の責任を果たそうとしただけ。果たせるかどうかはともかく。
彼らはこの離宮から去れと言いますが、ファーンはそれを聞くわけにはいきません。彼がこうしているのは、政治とか神の意思とかではない。
それは自分の心に従っているから。王宮や教団やファリスの為なんかじゃない、自分が過ちと思うから過ちを正そうとしているのです。
もしワーレン王に意思を尋ねて、それを拒んだのなら、ワーレン王すら斬っていたと断言しました。それが正義ならば、ファーンはそうする。
しかしファーンはその正義とて絶対とは思っていません。あくまでも自分の正義。万人が必ずしも同じ正義を持っているとは限らないと知っている。
それでもファーンはあくまでも正義を貫くのです。彼は聖騎士です。良くも悪くも、その理念の下に行動するのが"白き騎士"なのです。
そんな言葉を聞いて、オドネル達は動揺していました。そういう考え方もあるのかと、残念そうに言っていました……やり直せないのかな?
やり直そうと思えば、いくらでもやり直せると思います。しかし彼らはもう手遅れだと考えています。現実がどうであれ、それが彼らの真実。
そして彼らは戦い始めました。まずフラウスが聖騎士達に走り寄り、"フォース・イクスプロージョン"でふっ飛ばします。これで1人死亡。
ファーンは1人の聖騎士の喉を貫きます。続いて2人はまた1人ずつ騎士を倒し、残ったのはオドネル1人となりました。
オドネル「十年前、もしもその場にいたのが、おまえたちなら、また結果は違ったのだろうな」
同僚達の死体を見下ろし、静かに言っていました。この10年で、色々と考えを巡らして、すっかり全てを受け止めているのかもしれません。
ファーンは剣を引いてくれと懇願しますが、やはりオドネルは聞けません。あくまでも戦う、それが既に死人となっている彼の出来る事でした。
そしてファーンとオドネルは一騎打ちで戦いました。オドネルの剣をミリ単位で見切ったファーンは、オドネルの胴を払って決着をつけました。
やはり強い。彼らとて毎日鍛錬を積んでいたのですが、それすらもまるで敵にしていません。あの時ファーンとフラウスがあの場にいたら……。
瀕死のオドネルは、ファーンの言う通り他に道はあったと言っていました。王を殺す事になろうとも魔物にトドメを刺すべきだったと。
結局ワーレン王が正気なのかどうか、自分が正気なのかどうか、彼にも分からず終いでした。ファーンはそんな彼を哀しそうに見ていました。
オドネルは最期にファーンに鍵を渡し、決着をつけてくれと頼んで逝きました。結局彼らは死に場所を求めていたのかもしれませんね。
そしてファーンとフラウスは、扉を開き、そこにいたミノタウロスを倒します。10年越しに、この悲劇に決着をつけたのです。
ワーレン王には王子は病死したと知らされました。その訃報を知った王は、もう二度と起き上がる事はありませんでした。
10年越しに王子の死が明らかになり、それを避ける事が出来なくなった結果です。ワーレン王の作り出した幻影の王子は滅んだのです。
時間はもう「栄光の勇者」にまで流れています。魔神が解放され、ファーンとフラウスは一度モスに赴いて、帰国したのでした。
フラウスはこれが最期だからと、「お父様」と呼びます。そのフラウスに、ワーレン王は「わしを父と呼んでくれるのか」と嬉しそうでした。
この時点で少しおかしいですよね。本当にフラウスを嫁と思っていたら、父と呼ばれた事にわざわざこうも反応するでしょうか?
そしてワーレン王は「すまぬ」とだけ言って、夜半に崩御しました。……狂気に冒されていたのではなく、狂気を装っていただけなのかも。
本当は彼とて分かっていた、王子は死んだのだと。それでも自分で自分を偽ることで、精神の安定を図っていた。ただそれだけなのかも。
葬儀ではフラウスが親族として、ファーンが護衛として、棺の傍にいたそうです。これからヴァリスの迷走は暴走となっていきます。
終わってみると、オドネルの言葉をフラウスも思い出していました。人の心は迷宮、何をもって狂気と呼ぶのか誰にも分からない。
そして、このロードスもまたそれと同じなのかもしれない。魔神戦争において人々は迷い、苦しみ、誰も有効な手を打てないでいる。
このロードスとて狂気を帯びているのかもしれない。第二の幻影の王子を、呪縛を、悲劇を生み出そうとしているのかもしれない。
しかし彼らにはモスで出会った仲間達がいる。ベルドやナシェルやフレーベが。例え世界が狂っていても、自分を信じて戦えるはずです。